中国新聞

第5部 食らう

■ 5 ■ 大衆路線

 特産狙い 珍味ラーメン

「猪変(いへん)」
(03.4.29)


 害獣の資源化を思いついた町が、中国山地にもある。日本初の電 子投票で昨年六月、全国に名前をはせた新見市。人口二万四千人、 高梁川源流の町で今度は、一風変わった料理づくりが評判を呼んで いる。

 「新見いのししラーメン」。狩猟解禁の昨年十一月十五日、駅前 のホテルや市役所近くの喫茶店など市内の六店舗が一斉にメニュー に加えた。目印の黄色い旗のぼりが春風にそよぐ。

 火付け役は新見商工会議所青年部。会員やOBの店が協力した。 「事前の試食会には新聞、テレビ合わせて十一社も集まって、町は 電子投票以来の大騒ぎ。イノシシさまさまです」。前会長の配管業 橋本正純さん(50)は手応えがうれしそうだ。

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店売りの新見いのししラーメンを味見する村上さん(左)と橋本さん(新見市)

 しょうゆ、みそ、豚骨と、スープの味が六店とも違う。イノシシ の骨でだしを取る所もある。共通点は、猪(しし)肉を使った具の 盛り付け。味比べに、店を巡り歩く観光客も現れ始めた。

 ◇ ◇

 競作となった試食会では、しょうゆ味の一品が最高得票だった。 澄んだスープに浮かぶチャーシューは猪肉を豚バラ肉で巻き、歯触 りや風味の違う二種類の肉が口の中で溶け合う。白髪状に刻んだ地 元産ネギを添え、これで一杯六百円。

 父親とラーメン店を切り盛りする高岸靖さん(23)の自信作だ。 「週末は、県南の岡山や倉敷辺りからのお客が増える。うわさを聞 き、東京から食べにきた人もいた」と、めん好きたちの食い気に驚 く。最高で一日に八十杯近く売れた。

 「肉が香ばしいなぁ。スープもあっさり味じゃのにコクがある 」。ラーメンが大好物で、隣町の神郷町から来た建材店手伝い上原 晴冨さん(65)は鉢を傾け、すする。

 市内ではイノシシが人里近くにも出没し、田畑の被害が拡大。年 間百頭前後だった駆除が、二〇〇一年度に二百二十一頭、〇二年度 には四百七十八頭と急増している。

 ◇ ◇

 獣害の逆境を逆手に取ってイノシシを町おこしの味方につけれ ば、世間はきっと面白がる―。青年部の仲間を口説いたのは、旅行 代理業の村上伸祐さん(45)。元新聞記者としての勘だった。

 おまけにラーメンなら、カレーに並ぶ大衆料理。「ほら、テレビ が視聴率稼ぎに、人気ラーメン番付を流すでしょ」。もくろみ通 り、報道陣は飛びついてきた。狙いは、その先だ。「私たちの動き を取り上げたテレビ画面や新聞の向こうに、お客さんたちが興味津 々で待っている。今、チャンスなんです」

 意外な援軍も現れた。中国経産局が起業の補助金をくれたのだ。 青年部は家庭で食べられる土産セットの商品化を企て、この夏にも 販売開始をめざす。販売元の法人設立に向け、本業そっちのけで、 村上さんたちは活気づいている。

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