中国新聞

第6部 人こそ天敵

■ 2 ■ あの手この手

 脱・獣害へ 農業見直す

「猪変(いへん)」
(03.5.30)


 箱罠(わな)でイノシシを捕るこつを教える時に、島根県中山間地域研究センターの小寺祐二さん(32)はよく、こんな例え話をする。

 「餌で誘い込む箱罠は、山の中のレストランと考えてください」

 いちげんの客が店に入りやすい雰囲気づくりと、イノシシの警戒心を解いて罠に引き込む工夫は同じ、と説くのだ。店内が外から見通しやすいかどうか、食欲をそそるにおいがしているか、ごちそうのメニューが分かりやすいか…。

 そんな条件を罠以上に、田んぼや畑が満たしている。すきだらけの露地に、これ見よがしに並ぶ農作物。過疎地なら、昼も夜も人影が少ない。獣たちには格好のレストラン街なのである。

 ◇ ◇

 田畑の防除法は理屈の上では、片が付いている。箱罠に誘い込むこつの真反対をやればいい。農作物を見せないように目隠し板で四方を囲い、電気さくなどの嫌がる刺激物で追い払う。

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住民合意で、獣害から守る水田だけを金網で囲った二反田集落。写真奥が犠牲田(山口県むつみ村)

 現実は、そんなふうに進んでいない。高齢や独居の農家には、板囲いは重労働だし、電気さくは金がかかる。そうして無防備な田畑が残る。休耕地はイノシシ好みのやぶに変わり果てる―。隠れがと餌場が入り交じる、モザイク状の農地は、獣たちには「楽園」と映ってしまう。

 「要は、農業をどうするかの問題なんです。地域ぐるみで農地の整理も考えないと、遅かれ早かれ、獣害に疲れ果てる」と小寺さん。

 集落営農が進む山口県むつみ村では、集落内の話し合いで、守るべき水田をより分け、残りはイノシシのヌタ場(泥風呂)用として犠牲にする動きが現れだした。

 わずか九戸の二反田集落は昨年秋、イノシシよけに高さ一・三メートルの金網フェンスで集落の田んぼをぐるり囲った。獣道に近く、数年前から耕作をやめている荒れ田は地権者も県外にいるため捨て石とし、囲いから外した。費用は、二〇〇〇年度から折よく国が始めた中山間地域等直接支払制度で大体賄えた。

 ◇ ◇

 発想を変え、イノシシが嫌いな農作物に活路を見いだす所もある。

 滋賀県農業総合センターの農業試験場湖北分場は三年間、ほ場の作物で食害の有無を調べた。被害なしで済んだのは四十一品目。キャベツやホウレンソウ、シソといった葉菜、あくの強いミョウガやショウガ、辛いワサビやトウガラシなどが無傷だった。ほぼ全滅の根菜類でも、ゴボウは食害に遭わなかった。

 同分場は今年、本当に嫌いで食べないのか、偶然だったのか、飼育イノシシで検証する。掘り返しの被害が少なかった数種類のハーブの忌避効果も実験で確かめる。

 そんなこんな、農村の右往左往の発端に実は、都市の消費者たちも深くかかわっている。

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