中国新聞

第6部 人こそ天敵

■ 4 ■ 助っ人

 農家支援に獣害ハイク

「猪変(いへん)」
(03.6.1)


 どこか語感がでこぼこの「獣害対策ハイキング」という試みに、東京都八王子市が昨年冬から取り組んでいる。
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 集団で野道や山道をぞろぞろ歩き、人里に近づいてきたイノシシやサルなど野生動物を追い払う。「歩くだけでも、効果があるんですよ。何せ、人間は天敵なんですから」。同市農林課の遠藤護人課長(51)が言う。

 八王子は都心から電車で一時間と近く、市西部の高尾山(五九九メートル)には年間二百五十万人のハイカーが訪れる。獣害ハイクの参加者は公募した。わき道だらけの約五キロのコースが関心を引き、昨年十二月と今年三月の二回とも、定員二十五人はすぐ集まった。

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イノシシやサルの追い払いを兼ね、都市住民が里山歩きを楽しんだ獣害対策ハイキング(2002年12月、東京都八王子市)

 ◇ ◇

 獣害ハイクには、二つのもくろみがある。

 一つは、助っ人。山歩きを楽しんでもらいながらボランティア精神もくすぐって、獣害対策を手伝ってもらう。

 もう一つの方が、本当の狙いだ。「身近な野生動物といえばカラスかスズメぐらいという町中の市民がいれば、山あいの農村地帯で獣害に日々悩む市民もいる。市民間の相互理解を進めないと、鳥獣行政が立ち行かなくなる」と遠藤課長。

 同市には都会と農村の、二つの顔が混在する。JR八王子駅では一日に十数万人が乗り降りする。神奈川県境の山間部には、童謡「夕焼小焼」の作詞者の古里らしい面影が今なお残る。

 獣害ハイクのコースには、農家に思いを寄せる趣向を凝らす。寄り道して、四方を電気さくで囲い切った畑に案内したり、被害農家の生の声も聞かせたり。地元のハンターはイノシシ肉の鍋と焼き肉を一行に振る舞い、交流した。

 ◇ ◇

 「駆除」という言葉遣いを、八王子市は避けている。都市部では駆除イコール殺生と受け取られ、「かわいそう」「なんてことするんだ」と反発を買うらしい。

 「アザラシのタマちゃんも一頭だから皆、かわいがるんですよ。五十頭現れたら、気持ち悪がりますよ、きっと」。市農林課の高橋達巳さん(40)は、身勝手な傍観者が気に食わない。

 高橋さんは、市が今年四月から専属で二人配置した獣害パトロール員の一人。野生動物に関心が強く、二〇〇一年十二月に庁内で起こした獣害対策プロジェクトチームに参画した。

 毎日のように市内を回り、農家に声を掛ける。銃免許も取り、農家の罠(わな)にイノシシが掛かれば、休日でも駆け付ける。「獣害の最前線にいる農家は、孤立感が強いんです。誰も本気で悩みを聴いてくれなかったから」と高橋さん。

 「食」の生産現場を知らない消費者たちを、獣害ハイクは農村に誘う。農家に心寄せるきっかけになるように。

 「助っ人」を牛に頼む試みも始まっている。

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