中国新聞

第6部 人こそ天敵

■ 5 ■ 用心棒

 牛放牧 過疎地に援軍

「猪変(いへん)」
(03.6.2)


 すご腕のイノシシ見張り番がいる、という。中国山地の分水れい、島根県六日市町。「うちのヘルパーじゃろ。今は、腹ごなしに木陰で昼寝中かな」。団体職員斉藤学さん(46)が実家裏のクリ山を仰ぎ見る。
地図

 登山道の両側に、電気さくを張ったクリ林が続く。人の気配は無い。「オーイ」。四輪駆動車を降りた斉藤さんが手をたたく。しばらくして現れた見張り番は、六百キロ近い巨体の牛だった。

 斉藤さんは、地元の農家六戸が営む合計二十ヘクタールほどのクリ園で二〇〇一年春、牛の放牧を始めた。荒れ果てる一方の農園再興が目的だった。

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草刈りとイノシシの侵入防止の二役を背負う、クリ園の放牧牛(島根県六日市町)

 クリ園の地権者は、平均年齢が八十歳前後。「腰痛で、やれん(かなわない)」「どうせ、サルに食われる」と、休廃園が年々増えていた。手入れをやめても、実はなり続ける。草ぼうぼうの休廃園にイノシシが居着き、隣り合う栽培園を荒らしだした。

 ◇ ◇

 再興とはいえ、専業で食える規模ではない。過疎地に、おいそれと人手もない。一番の難題は、園内の草刈り作業。ひと夏に三回、四回と繰り返す。「炎天下、蒸し風呂のような中でのつらい仕事を、誰が引き受けてくれるか…」

 弱った斉藤さんの頭に浮かんだのは、牛の放牧で美しい草原を取り戻した大田市・三瓶山ろくの風景だった。「給料いらず、文句言わずで、牛は年中、草を食べてくれる。イノシシを追い払う効果もあるそうだと聞いて、これだと思った」

 県の助成金をもらい、牛の脱走を防ぐ電気さくを張った。イノシシよけも兼ねる。

 放牧には雌牛を使う。部外者に牛を買ってもらい、放すオーナー制にしたからだ。飼育は地元で引き受け、産んだ子牛の売却益がオーナーに入る仕組み。益田市内や町内外の知り合いのサラリーマンが面白がり、出資してくれた。放牧牛は八頭に増えた。

 慣れた牛は舌で巻き取るように草をはむ。早い。手間が省けた農家にやる気が戻り、収穫量も元に戻った。やぶは消え、イノシシやサルも姿を見せなくなった。

 ◇ ◇

 イノシシが自分より大きな牛の放牧地に近寄らない、という事例は近ごろ、各地で聞かれる。

 山口県畜産試験場(美祢市)は今年から実験で、イノシシ被害の多発地帯に牛を放し、獣害抑止の効果を調べる。

 配合飼料が感染源となりやすい牛海綿状脳症(BSE)騒動で飼料の自給が見直され、県内では耕作放棄で草地になった田畑に牛を放すケースが増えた。二〇〇一年度に八市町村で計九・一ヘクタールだった耕作放棄地での放牧は〇二年度は十七市町村、計二八・一ヘクタールと急増。同試験場は「イノシシよけ効果が分かれば、放牧牛は過疎、高齢化に悩む農村の一層頼もしい援軍」と期待する。

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