中国新聞

第6部 人こそ天敵

■ 6 ■ 剣が峰

 農と集落守る自衛心

「猪変(いへん)」
(03.6.3)


 六十五歳以上の高齢化率が69%、最年少でも四十代の、島根県邑智町奥山集落。二十四戸で人口三十五人だから、独居が多い。イノシシやサルが出る山里で、数十枚の棚田をやっと守ってきた。
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 集落でただ一人、町の害獣駆除班に加わっていた青木馨さん(72)は二年前、猟銃を置いた。神経痛などで山歩きがつらくなったせいもあるが、「後釜が三人できてな。一年生ばっかりじゃが」。家の縁側で青木さんがほほ笑む。地元農家三人が昨年、自衛用に罠(わな)の狩猟免許を取った。

 駆除班は市町村が組織する。班編成をハンターの親ぼく団体の猟友会に頼る所が多い中、邑智町の班は珍しく、罠の免許を取れば新米でも、猟友会員でなくても入れる(銃は経験三年以上)。六十三人の班員の四分の一は非猟友会員だ。

 ◇ ◇

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棚田を守り続ける奥山集落は高齢化率69%。中国山地の農村は、剣が峰に踏みとどまっている(島根県邑智町)

 「過疎地の駆除は町全域で考え、取り組まないと無理。ハンターの縄張り意識は、壁になりがち」と町産業課。そう言う町も、二〇〇〇年に駆除態勢を一新するまで、猟友会頼みだった。

 イノシシの肉に脂が乗り、葉も落ちて撃ちやすい猟期の冬まで獲物を残したいのがハンター。だから、農家が仕掛けた箱罠を勝手に閉めたりする駆除班員も以前はいた。山田康司課長(54)は振り返る。「駆除班の会議なのに、猟期を延ばせとか、農家の罠はもう増やすなと、猟の立場から不平が出てきて。話が前に進まなんだ」

 矛盾は、まだあった。イノシシ一頭に六千円出す駆除報奨金が年々増え、一九九九年度は総額四百四十万円と、当初予算の二倍を超えた。「目撃や被害は減ったのになぜ、捕獲数が増える…」。報奨金と引き換えのしっぽをよく見ると、長い冬毛のしっぽが夏に出てきたりしていた。

 ◇ ◇

 転機は二〇〇〇年度に訪れた。地方分権で、県がイノシシ駆除の許可権限を市町村に移した。

 「駆除は、農家が本気にならんとダメ。県も国も台所が大変で、助けちゃくれん」。町は、集落ごとに罠の免許を取るように呼びかけた。駆除のしっぽ確認もやめ、職員が現場確認するようにした。休日も待機し、多い日は四、五件の現場を掛け持った。

 農家の自衛心が高まり、町は獣害対策費を絞れるようになった。〇二年度は駆除報奨金に防除などの費用も合わせて四百二十万円と、九八年度の半分以下。〇三年度は罠購入の補助予算も削った。

 順調な成果の陰で、山田課長の心配は消えない。「人口は確実に減る。敵は町境の山からどんどん入り込むのにね」

 人獣がせめぎ合う境界は移ろいやすい。中国山地の山村、瀬戸内海の離島は日本列島に先立って、過疎と老いを深めていく。境界の風景は、どう変わるだろうか。

これで「猪変」の連載すべてを終了します。

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