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「神宿る みやじまの素顔」    16.漁り
照らした獲物 心躍る

岩場や潮だまりをのぞき込み、暗い浜を1キロ近く歩く。対岸に見える広島方面は終夜、光がちらついていた(絞り8、露出時間5分間、ISO100)

 午前三時、島の東南にある鷹ノ巣浦。波の音だけが響く暗い海に、二つ、三つ、明かりが揺れている。

 「ほら、もろうた」。島の消防士石角浩二さん(49)が掲げたヤスの先でマダコが体をくねらせる。「いい型じゃね」。仲間の会社員中野和郎さん(40)がうれしそうに、かごへ入れた。二人はまた海や岩場をのぞき込む。

 漁(いさ)り―。冬の夜、大きく潮の引いた海岸を歩き、魚や貝を捕る。メバル、ナマコ、サザエ…。島の人々が楽しみとして伝えてきた風物詩でもある。

 浜辺を歩くだけでも獲物は拾える。だが、漁り歴二十五年の石角さんは防寒着をまとい、波寄す浜に腰まで漬かる。手には特製のヤスと、「師匠から伝えられた水眼」。カーバイドランプを付けた、やはり特製のハコメガネだ。

 波打ち際の「タコの巣」を照らし出す。「タコと目が合うた時の興奮いうたらないよ」。昨年からは中野さんの二男で中学二年の貴司さん(13)も加わった。「寒くないよ。面白いから」

 雲が風に流れていく。丸い月がのぞき、浜がぼうっと青白く浮かぶ。浜を覆う砕けたカキ殻が月光を映している。がけを見上げると、松の影。今も昔も自然とともにある営みを思う。

 「親に付いてよう行った」「アワビも拾うたよ」。漁りの話を出すと、島の大人たちは口々に語ってくれる。たいてい思い出がある。だが、「もう、えっと捕れんけえ」。現在も出掛ける人は十人程度のようだ。

 かつては島のあちこちで多くの人が楽しんだ。大鳥居の沖にも藻場があり、魚が豊富にいたという。「旬いうものが暮らしの中にあって、いい時代だった」。宮島の観光事務所に勤める博多章さん(53)はそう言うと、遠くを見やった。

 最後に出掛けたのは十年以上も前だ。タコを捕り、歓声を上げた子どもの笑顔をよく覚えている。「年をとったら、また行くかもしれんね」。神の恵みをいただく漁りの夜。島民の心の底に、今もある。

−2006.2.19

(文・田原直樹 写真・藤井康正)


漁(いさ)り 手づかみ漁、夜磯ともいい、瀬戸内沿岸や島々で行われている。宮島ではマダコ、テナガダコ、ナマコ、モガニ、ヨナキガイなどが捕れる。冬の大潮の夜、浜辺や磯を歩くほか、小舟で海岸を伝う方法もあった。カンテラや懐中電灯で水面を照らし、砂地や岩場に潜む獲物を素手や火ばさみでつかむ。手製の道具を使う人も。最近は鷹ノ巣浦のほか、包ケ浦など島の南側で見られる。 地図


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