咲きこぼれそうな桜のつぼみが、島に彩りを添える。表参道商店街や町家通りの軒先で、柔らかくはためくピンクののぼり。「みやじま雛(ひな)めぐり」。母から娘へと代々受け継がれてきた人形が観光客を誘う。
厳島神社の南側、入り組んだ小路の先に、メーン会場の一つ、野坂矩子さん(70)の旧商家はあった。大きな梁(はり)、青みがかった土壁が、築約二百五十年の歴史を感じさせる。「上(かみ)の座敷」と呼ばれる一階の十五畳半の客間に通された。
百人一首が書かれた六曲一双のびょうぶを背にした、天井に届かんばかりの四段のひな壇。一九〇二(明治三十五)年に生まれた母親と五人の娘たちを見守ってきた。
最上段に、精巧に造られた白木の御殿がある。金銀の冠をかむり、朱の打ち掛けをまとったおひなさまが、お内裏様と仲良く並ぶ。「組み立てが大変でね。兄弟三人も手伝わされました。お道具を触ってはしかられました」。野坂さんは懐かしむ。その兄は今、厳島神社で宮司を務める。
雛めぐりは五年前、それぞれの家がひな人形を公開し、観光振興につなげようと商工会女性部が呼び掛けた。「蔵に眠っていた人形やひな壇に命を吹き込み、宮島ににぎわいを」。当時の女性部長、宮郷素子さん(62)は願いを込めた。
島では、三月三日の桃の節句を旧暦で祝ってきた。「昔はひしもちの上に、こたつもちを置いたんですよ」と舩附(ふなつき)小子(さよこ)さん(82)。あんを白もちで丸く包み、四方を軽く押さえてこたつの形に整えた。娘の成長と幸せを守ってくれる人形に暖をとってもらおうとしたのか。神の島に暮らす人たちの優しさが伝わってくる。
街並みが眼下に広がる高台に立つ大聖院。ここには、吉田正裕座主(45)の祖母が百年前に贈られた人形が庫裏に飾られていた。千畳閣と五重塔を眼下に望み、落ち着いた色合いの十二単(ひとえ)がひときわ映える。
「ふっくらとして上品なお顔ねえ」。春の優しい日差しを受けて輝く朱のひな壇に、うっとり見とれる。 −2006.3.26
(文・梨本嘉也 写真・藤井康正)
雛めぐり 野坂家と宮島歴史民俗資料館、大聖院の3カ所をメーン会場に4月3日まで催される。野坂家のひな壇は、御殿の横に右、左大臣のほか、裃(かみしも)を着けた侍2人と馬に乗った公家、かご、牛と牛車が並ぶ。資料館では、明治維新ごろの人形や紙粘土で再現した「こたつもち」が展示される。大人300円、高校生170円、小中学生150円。開館時間はそれぞれ異なる。島内の店舗や旅館24カ所では自由に観賞できる。
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