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「神宿る みやじまの素顔」    22.アセビ
パチと花の音 春に笑み

廿日市市と合併するまで宮島の町花だったアセビ。春の雨を受けて、みずみずしい

 花曇りと思っていたら、桟橋に降りたところで、ぽつぽつと雨が落ちてきた。弥山登山や神社参詣に向かう人波からはずれ、山すその自然散策道を目指す。ひっそりとした木立に鳥の声が響く、うぐいす歩道。そこかしこに白い花が見えて明るかった。

 鈴なりの小花を下げたアセビ。葉に毒があるから、シカも口にしない。そのためか島のいたるところに根を張っている。クリーム色がかった白い花には、ピンクも交じる。雨粒が花を揺らしている。水滴をまとった姿は、小さな壺(つぼ)をひっくり返したようで愛らしい。

 歩道をそれて、「あせび寺」と呼ばれる真言宗宝寿院を訪ねた。「けばけばしくなく、素朴なたたずまいがいいでしょう」。住職の上見公龍さん(66)は境内のアセビを穏やかな表情で見やる。

 「子どものころは、パチパチシバいうて呼びよりました」。聞き慣れない名を問い返すと、住職はやおら花をつまみ、額に打ち当てた。パチッと音がした。ほらねと、子どものような笑顔を住職が向けるものだから、吹き出しそうになるのをこらえて、まねてみる。

 寺のすぐ裏に迫る山にアセビが群生していたという。五年前、芸予地震が、その斜面を崩してしまった。防護のため固められた裏山を寂しげに見上げ、「訪れる人にまた心を和めてもらえるよう、少しずつ増やしますよ」。住職は言った。

 いつの間にか雨はやんでいた。うぐいす歩道に続いて、弥山のふもとを抜ける、もみじ歩道、あせび歩道を進む。イヌガシやシキミが花を開いている。深紅のヤブツバキも目を引いた。

 多宝塔に出た。アセビの花、サクラのつぼみの向こうに、大野瀬戸を望む。多くの人を乗せてフェリーが行き交う。大鳥居の向こうの州浜には、潮干狩りの人々。手前の町並みに目を移すと、観光客が日差しの戻った小路を巡っている。春の空気を、もう一度大きく吸い込んでみた。

−2006.4.2

(文・田原直樹 写真・藤井康正)


アセビ ツツジ科の常緑低木。中国地方をはじめ関東・中部や西日本などに広く分布する。2月から4月中旬にかけ、7、8ミリほどの花を房状につける。葉などに有毒成分があり、牛馬が食べると中毒を起こすことから「馬酔木」の名がある。島内外の47人でつくる「宮島地区パークボランティアの会」は、アセビをはじめ自然散策道沿いの樹木110種568本に銘板を掛けている。 地図


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