TOPNEXTBACK


「神宿る みやじまの素顔」    30.自然林
生命息づく初夏の緑陰

モミをはじめ大小の植物、動物が息づく初夏の樹林。新しい生命も輝き始める

 朝もや残る森に、陽光が差し込んでいる。川のせせらぎと野鳥の声だけが響く。大元神社を南に入った大元公園。樹林を抜けるひんやりとした空気が心地よい。

 びっしりと新しい葉を茂らせるカエデ。陽光に透けて緑がまぶしい。樹肌や岩石を覆うコケもしっとりと、つやを帯びている。近づいて眼を凝らすと、身をひそめるガや動き回るアリがいた。

 森の中でひときわ目立つ大木がモミだ。すっくと伸びる。貴重な自然林として知られる大元公園の群落。日本古来の針葉樹もこの季節には、濃緑色の枝先を縁取るように、淡いグリーンの新しい葉を付け、新鮮な姿を見せる。

 ヒナに運ぶ餌を求めてか、鳥たちがモミの梢(こずえ)を忙しく行き来している。木陰で草をはむシカには、おなかの大きなものも。出産期が間近だ。木々も動物も、神の島は新しい生命が輝きだす季節を迎えている。

 モミの自然林。この静かな樹林はいつからあるのだろうか。悠久の時に思いをはせていると、広島フィールドミュージアムの会長、金井塚務さん(55)の言葉が頭をよぎった。

 「今、手を打たないと、この群落もあと二十年か三十年でしょう」

 金井塚さんによると、大元公園のモミは樹齢六十〜七十年以上が多く、四十年以下の木はほとんどない。いわば“少子高齢化”が進んだ林だ。幼樹が育たないのは、シカが芽を食べるためという。だが、「シカは犠牲者。悪いのは、エサをやり市街地周辺に居着かせ、野性を失わせた人間です」。貴重な樹林はゆっくりと失われつつある。

 冷涼な山地に分布するモミ。中国地方では海抜三百メートル以上の山地に多いが、宮島では海岸そばに群落がある。亜熱帯性の植物ミミズバイが混じって生息し、世界で例のない林を形作っているという。

 緑に囲まれ、いつしか心身がリフレッシュされた気がする。森林浴の効果だろうか。この樹林を保ち、後世に伝えるため、何をすべきか。すっきりとした頭で、あれこれと考えを巡らせてみる。

−2006.5.28

(文・田原直樹 写真・藤井康正)


大元公園のモミ自然林 広島フィールドミュージアムの調査(2003年1月)によると、公園内で群生が見られる区域のモミは91本。その後、台風による倒木もあり、現在は85本前後とみられる。紅葉谷公園にかけての山すそにも見られる。モミやツガの針葉樹と常緑広葉樹が混じった弥山原始林とともに、世界遺産の登録区域に含まれている。 地図


TOPNEXTBACK