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「神宿る みやじまの素顔」    31.狛犬
「尻上がり」姿 愛らしく

厳島神社を守る狛犬。恐ろしいようで、愛らしさも漂う

 何度となく前を歩いているというのに、気付かないものだ。立ち止まり眺めてみると、何とも味わい深い石像である。厳島神社の裏。石段の両脇で、狛犬(こまいぬ)が腰を持ち上げて身構えている。

 つり上がった眼、鋭い牙、たてがみや尾も雄々しい。うなり声を上げて、飛びかからんばかりの姿。不心得者は参拝するべからず―。見透かされたようで、恐縮してしまう。

 後ろに回ると一転、かわいらしい印象を見せる。丸っこい造形が何だかほほえましい。なでてみる。足もとには何と、さい銭があった。「尻上がり」の姿に、運気上昇を願ったものだろうか。

 明治三十八(一九〇五)年、広島市内の願主が奉納した像だ。「怖そうで、なかなかいい顔つきをしとる。神社を守る狛犬はこうでなくちゃあね」。島の狛犬や石塔、灯籠(とうろう)などを調べ、「宮島町史 石造物編」を執筆した元高校教諭、是光吉基さんは笑った。

 もともと口を開けた阿形(あぎょう)の獅子と、角があり口を結んだ吽形(うんぎょう)の狛犬の組み合わせで奉納された。厳島神社には、平安末期から鎌倉時代の作という重要文化財「木造狛犬(十四躯)」や、銀製狛犬が伝わる。平舞台脇や御笠浜には青銅製の像もある。石造狛犬は、宮島町史によると七対ある。訪ねてみた。

 御笠浜や四宮神社の像は前脚を玉に掛けたスタイル、大願寺や弥山道には「お座り」型がいた。尾の長短、表情の硬軟も微妙に異なる。大元神社の阿形像は四五年の台風災害で行方不明になり、十五年前に土中から発見された。眺めているうち、雄と分かった。

 島の石造狛犬の多くは明治以降に建立された。是光さんによると、願主は彫像を石工に頼む費用のほか、世話人や取次人を介する必要があったらしい。「奉納には相当な労力と資金がかかった。厚い信仰心があった証しでもある」

 狛犬を訪ね歩いて戻った神社裏。じろじろ見るんじゃない―。かみつかれそうな気もするが、また見上げる。勇猛でいて、かわいらしい。やはり味のあるたたずまいである。

−2006.6.4

(文・田原直樹 写真・田中慎二)


狛犬(こまいぬ) 空想上の守護獣。初めは木造で中世には神社本殿に置かれたが、江戸時代に入ると、参道への石造狛犬の寄進が一般化した。前脚を玉に掛けるタイプは「尾道型」などと言い、出雲地方で発祥した前かがみ姿勢のものは「出雲型」とも呼ばれる。厳島神社裏の像は細部や石材が出雲型とは異なるという。 地図


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