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「神宿る みやじまの素顔」    35.ホタル
闇の森舞う無数の閃光

静かな夜の森。ヒメボタルは生命のきらめきを放つ(露出時間40分間)

  月のない夜、木立を進む。川辺でもない山の中、半信半疑で暗い森を見回してみる。チカ、チカッ。暗がりに慣れてきた目に小さな光が見えた。やがてあちこちで、光の点滅が始まった。

 「小さい体で強い閃光(せんこう)。ヒメボタルはすごいよ」。ホタルに詳しい広島環境サポーターネットワークの代表、中村弘治さん(66)=広島県海田町=は感嘆する。「ゲンジの光も味があるけど、点々と舞うヒメの方が幻想的だねえ」と話す。

 ヒメボタル。長くぼうっと光るゲンジボタルとは違い、短い間隔で黄金色の光を放つ。点滅しながら、ふわふわと宙を漂うのは雄。飛べない雌は草や落ち葉の陰で光る。

 「見せてあげようか」。親子でホタルを見に来たらしい男の子。そっと開いた手のひらを小さな光が照らす。「すごいでしょ」。と、光が浮き上がった。慌てて追ったが、母親に「逃がしてあげなさい」と言われ、残念そうに見送った。

 中村さんも参加する環境保護団体・みやじま未来ミーティングはここ数年、宮島の包ケ浦公園でホタル観察会を開いている。今年は島外から親子十八人が集まった。

 成虫になると一週間ほどの命―。そうした、はかないホタルの一生を学び、森へ入る。「ホタルを見る感動が、自然を大切にする心をはぐくんでくれるはず」と中村さん。小さな光に、子どもたちは何を感じ取っただろう。

 江戸時代の人々も島のホタルをめでた。白糸川上流の滝や瀧宮神社に舞うホタルは「瀧宮水蛍(たきのみやのほたる)」として厳島八景の一つに。

 「和らくるひかり見せてや瀧の宮の落来る水にほたる飛らん 足立慶専」

 「厳島八景」(一七三九年)は、涼しげな情景を詠んだ歌や句を収める。その趣をしのびたいが、神社は昨年の土石流で流失してしまった。

 午後九時半を回る。光はポツポツという程度に減ってきた。こよいの宴はもうお開きらしい。草陰のホタルに気遣いながら木立を抜ける。

−2006.7.2

(文・田原直樹 写真・田中慎二)


ヒメボタル 陸生で体長6―9ミリ。みやじま未来ミーティングによると、現在、宮島で確認されているのはヒメボタルのみ。幼虫は陸生の巻き貝などを食べ、2年で成虫になる。島で成虫が発生するのは6月の1ヵ月間という。雄の発光間隔は大体1秒間に2回。夜間1時間ほど発光する。ほぼ全島に生息するが数は少ない。 地図


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