TOPNEXTBACK


「神宿る みやじまの素顔」    36.シオマネキ
「白扇」干潟で振り振り

知らんぷりのメスに、根気強くハサミを振るオス。「がんばれ」と応援したくなった

  潮が引いた。大鳥居前に広がる干潟。何かがごそっと、足元で動く。初夏の日差しを受けて、まぶしく光る真っ白なハサミ。ハクセンシオマネキだ。

 甲の幅は二センチほど。なぜかオスのハサミだけが片方大きい。小さな体で上下に振り、しきりにメスを巣穴に誘う。繁殖期の始まりらしい。その様が、白い扇で潮を招くように見えることから、名付けられたという。

 「ほうら、穴の周りに砂団子が見えるでしょう」。宮島水族館の呼坂達夫専門員(56)が目を細める。砂を食べているように見えるが、餌は付着しているケイ藻類。消化できない砂は、待ち針の頭ほどの大きさに丸めて、巣穴の周りに吐き出している。

 瀬戸内海では埋め立てが進むにつれ姿を消し、広島県のレッドデータブックで準絶滅危惧(きぐ)種に選定される。宮島の干潟でも一九七〇年代、対岸の工場排水などの影響で減ったという。

 ここ数年、うれしい兆しがある。大鳥居沖や水族館前、多々良潟に徐々に戻りつつある。「弥山原始林から流れ込む命をはぐくむ水のおかげだろう」。そう信じる人は多い。

 潮干狩りや、いさりなど干潟の恵みを受けてきた島では、潮が引くことを「干(ひ)る」と呼ぶ。優しさを感じさせる響きだ。波打ち際でアマモに絡まるミミイカを拾ったり、砂浜をたたいてこぶし二つ大のミルガイを探したり…。呼坂さんには、島の干潟に子ども時代の思い出がぎっしり詰まる。

 「シオマネキがすむのは、少し泥の混ざった砂地。微妙な海のバランスが崩れると、生きていけんのよ」。人々の暮らしも、また海につながっている―。そう思う呼坂さんは、親子や小中学校の教諭を相手に、楽しく学べる干潟生物の観察会や海藻アートの企画を練る。

 ふと気付くと、オス五匹がメスを取り囲んでいた。神の島に抱かれながら、脈々と続いてきた生の営み。「よかったね」。つがいで巣に向かう姿を見届け、思わず声を掛けた。

−2006.7.9

(文・梨本嘉也 写真・藤井康正)


ハクセンシオマネキ スナガニ科で、甲の幅約2センチ、長さ1.1センチ。オスが大きい方のハサミを上げ下げする動作は「ウエービング」という。6月初旬から9月中旬の間、見られる。寒いと冬眠状態に入るため、地表では確認できない。シギなど天敵の水鳥を警戒するため摂餌範囲は狭く、巣穴から40センチくらいしか離れない。個体数が多くても、生息場所が局限されているため、ちょっとした環境の変化でも急に生息が確認できなくなる。 地図


TOPNEXTBACK