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「神宿る みやじまの素顔」    39.滝
弥山の懐 人知れぬ清水

長雨を集めた幻の滝。緑深い峰に清らかな流れがのぞいていた

  弥山はうっすら小雨に煙っている。連絡船のデッキから望んだ。白糸川の谷筋に、昨年の土石流であらわになった山肌が見える。復旧工事が進むその少し東側、生い茂る木々の間に、赤褐色の岩がのぞいている。双眼鏡を向けると、勢いよく水が流れ落ちていた。

 幻の滝―。弥山歩きの愛好家の間でそう呼ばれる。古文書に記述は見当たらず、島民にも知る人は多くない。もちろん道などついていない。大雨が降った時にだけ、その姿を見せる。

 「かき分け、かき分け、登ってね、何度も迷った末にたどり着いたんです」。宮島観光ガイドの横山忠司さん(65)=広島市佐伯区=は九年前、滝を訪れた。「幻の滝とは知らなかったが、弥山から深い谷を水が流れ落ちてくる。なぜだか感激しました」

 昨年の土石流被害を受けて、現在は通行止めになっている弥山登山道の大聖院ルート。白糸川に沿って山頂に至る。その白糸川には、標高百五十メートル辺りで合流する支流がある。

 原生林に覆われて見えないが、深く刻まれた谷を走っている。雨のない時分は、ほとんど水量のない小さな流れだが、そこに滝が五つある。その一つが幻の滝らしい。

 島には一体、幾つの滝があるのだろう―。上空から見下ろすと、多々良潟からずっと山に入った辺りにも見事な滝が見えた。道もなく、容易に分け入ることのできない島の西側。そこにも多くの流れがあることだろう。降り注ぐ雨を集め、山を削り、岩を滑って、谷を刻む。名前もない滝が人知れず、流れ落ちている。

 島を歩いて一周したことがあるという横山さん。「年をとって、感動することも少なくなったが、この島で巡り合う景観には震えますね」。神の島はその懐に、未知の自然を秘めている。

 帰り道、もう一度弥山を仰いでみる。雨後の霧が立ちのぼり、滝を隠していた。

−2006.7.30

(文・田原直樹 写真・田中慎二)


白糸川の滝 旧宮島町教委刊行の「宮島の自然 地形・地質編」などによると、仁王門からの谷である本流に7カ所、支流に5カ所の滝がある。白糸の滝は二つの谷川が合流した下流にある。支流は弥山の山頂付近を源流とし、標高450メートル地点に谷頭がある。標高170―270メートルの間に、33メートルの滝など四つの滝が連続している。 地図


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