TOPNEXTBACK


「神宿る みやじまの素顔」    40.ハマゴウ
砂浜包む清らかな香り

小刻みに羽を動かしながらみつを吸うチョウ。目の前で繰り広げられる生の営みに、心が和む

  深く吸うほど、すがすがしい気分になる。いったい何の香りだろう。あたりを見渡すと、一面に広がるハマゴウが潮風に揺れていた。

 宮島でも有数の群落を誇る西端の須屋浦を訪れた。高さ五十センチほどの落葉性の低木。てっぺんにある鈴なりのつぼみが順に咲いていく。顔を近づけると、乙女の唇のように柔らかな紫の花がまぶしい。

 「今が最盛期ですよ」。広島大宮島自然植物実験所の植生調査に同行した広島市西区の主婦上村恭子さん(60)が教えてくれた。瀬戸内海では自然海岸の開発で激減したが、この島では多くの浦で間もなく満開を迎える。

 乾燥させた果実は「蔓荊子(まんけいし)」と呼ばれ、昔から頭痛や発熱、鎮痛剤の生薬として用いられてきた。「不眠に効く」と枕に入れた貴族もいたといわれる。江戸時代の物産を記した芸藩通志にも紹介され、自生する良質な薬草に数えられた。

 浜をはうように茎を伸ばしては根を張り、群落を作る。このため、「浜這(はまはう)」が語源となったと言う説もある。砂浜がやせるのを防いできたという人もいる。

 ただ、島の南東にある腰細浦では台風の度に波で洗われ、砂ごと姿を消している。島に住み、打ち上げられたごみを拾う小田成則さん(60)は「あそこには群落があった。じゃが、いまは影も形もない。対岸の埋め立てや護岸で潮の流れが変わったとしか思えん」と唇をかむ。

 小田さんが幼なじみと泳ぎに来た思い出の場所だ。白い砂に松並木が映えた浜の再現を夢見て、四年ほど前から環境保護団体で活動する。車で踏み荒らされないように丸太で囲ったり、砂の流出を食い止めようと松の幼木を植えてみたり。だが、「手の打ちようがない」と嘆く。

 須屋浦で花の間に寝そべってみた。チョウやハチがみつを吸うのに忙しい。香りに包まれるうちに、ふうっと意識が遠のいた。

−2006.8.6

(文・梨本嘉也 写真・藤井康正)


ハマゴウ 花の最盛期は7、8月。9月中旬まで咲く。10月には青紫の果実をつけ、熟すと黒褐色になる。わが国最古の医学事典として薬名を記した「本草和名」では、「浜未浜比(はまはひ)」と紹介されている。地域によっては盆に乾燥させた葉をたいて、その香煙を仏にささげたところもある。 地図


TOPNEXTBACK