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「神宿る みやじまの素顔」    4.紅葉
彩る自生種 暮らし潤す

まぶしいほど色鮮やかなイロハモミジ。右奥の背後の山では、ウリハダカエデも彩りを増す

 島は今、最も華やいだ季節を迎えた。弥山原始林を彩るハゼノキ、紅葉谷を真っ赤に染めるイロハモミジ…。およそ千本といわれるカエデが、しっとりと宮島を包む。

 多くは百五十年ほど前に植栽された。江戸末期の版本「芸州厳島図会」。夏は葉陰に涼み、秋は紅葉を楽しむ名所として紅葉谷が描かれている。人々は川面を彩るさまを「紅錦(こうきん)」と呼び、そして愛(め)でた。

 その島に唯一、自生する種類がある。ウリハダカエデ。十一月中旬、やや遅めに色づき始める。寿命は約四十年と短いものの、聖なる島で、その種を脈々と受け継いできた。

 大元公園から西へ十分、江ノ浦を背に駒ケ林を望む静まりかえった森に、深紅に染まる十メートル近い成木はあった。岩肌を伝う谷川を覆うように、大ぶりな葉を付けた枝を空にぴんと伸ばす。

 吹き上がる風を受け、音もなく葉が舞い落ち、じゅうたんのように重なり合う。にぎわう紅葉谷とは違う、もう一つの紅葉の風景が広がる。

 お年寄りたちは、この木を「シラハシ」と呼ぶ。「白箸(はし)」を語源にするという説が残る。正月の四日、厳島神社に献上される箸の材料として使われたのだという。「シラハシの木が赤くなったら麦をまけ」。対岸の大野では、いつのころからか、麦作の農業暦に記されるようにもなった。

 島の人々は、この木の落ち葉や枝を山中で集めて火をおこし、飯を作り、風呂もたいた。りんとして、心を清めてくれるカエデは、常緑樹の多い島では貴重な資源として、人々の暮らしに溶け込んできた。

 大元公園をそぞろ歩く。日当たりのよい山すそから朱、黄、紫と色合いを変える。「あの移ろいが、季節の変化を感じさせてくれる。京都の寺にはない美しさね」。木陰にたたずむ外国からの観光客が、息をのむ。

−2005.11.27

(文・梨本嘉也 写真・田中慎二)


ウリハダカエデ 緑色に黒い縦じまの若木の木肌が、ウリに似ている。谷筋など湿気の多い場所を好み、森の中に日の当たる空間ができると、すぐに群生する。葉はほぼ5角形で、幼児の手のひらほどの大きさ。宮島全域で見られて数も多いため、広島大付属宮島自然植物実験所は「自生している唯一のカエデ」という。12月上旬まで紅葉を楽しめる。 地図


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