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「神宿る みやじまの素顔」    46.高潮の夜
迫る海 ぎりぎりの調和

高潮の夜、平舞台から客神社祓殿(はらいでん)を望む。潮位の上がるにつれ、みるみる社殿を海が包み込んでいく

 秋風は立たない。波も穏やかだ。今年最大の大潮となった八日夜、厳島神社の国宝・回廊に、潮はじわじわと迫ってきた。

 神職たちが回廊のあちこちに立ち、かたずをのんで見守る。この夜の広島湾の潮位は四百三センチ。海水はとうとう床板の上、十センチ余りに達した。

 「高潮」「異常潮位」という語感からは想像できない美しい光景。海水に沈んだ回廊は鏡のように澄み渡り、ちょうちんから漏れる光をきらきら反射する。

 満潮時、回廊に海水が迫る、自然と人工建築のぎりぎりの調和。平安時代に社殿の原型を築いた平清盛はある程度、回廊の冠水を織り込んでいただろう。ただ、現代の異常潮位は清盛の想像を超えていたに違いない。

 夏から秋の大潮の日に回廊が冠水する回数は、二十一世紀に入るとともに急増した。床板のすき間から噴き出す水柱は、すっかりおなじみの光景となった。ただ、一昨年をピークに、その数はめっきり減った。以前は推算潮位を上回る高潮が押し寄せていたが、それも少なくなった。原因の一つとされる太平洋側の黒潮の接近・蛇行には周期があるからだという。

 禰宜(ねぎ)の飯田楯明さん(67)は神社に奉職して半世紀、高潮と向き合ってきた。その間、瀬戸内海の潮位は約三十センチ上昇した。地盤沈下に地球温暖化…。台風襲来時のリスクも高まってきた。「このまま治まってほしいが、安心はできない」。社殿のかさ上げが検討されたこともあったが、平安の美意識を壊すものだと文化庁は否定した。

 神職たちは異常潮位がメディアに取り上げられるのをあまり好まない。「世界遺産が水没した」。全国ニュースで繰り返し報じられることで、短時間にすぎない満潮時の参拝中止が風評を呼び、来島者の足を遠のかせると考えるからだ。

 ただ、好むと好まざるにかかわらず、厳島神社は危機にある。水没の恐れがある同じ世界遺産のベネチア(イタリア)と並んで、地球温暖化の象徴として受け止められつつある。

−2006.9.17

(文・岩崎誠 写真・藤井康正)


厳島神社の異常潮位と冠水 神社と旧宮島町の協力で中国地方整備局企画部が2004年度まで集計したデータによると、年に1、2回ある程度だった回廊への冠水は01年から急増、4年間で延べ50日に達した。黒潮の接近などによる異常潮位が原因とされる。その間、04年9月には台風18号で回廊や平舞台が大破する被害が出た。天候や気圧によっても変動するが、第六管区海上保安本部によると広島湾の潮位が380センチを超えた時に回廊が冠水した事例があり、400センチ前後になるとほぼ冠水する。 地図


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