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「神宿る みやじまの素顔」    47.宮島彫
唯一の職人 伝統技に魂

勢いよく、また時にじわりと…。彫刻刀を自在に操る。見とれるうちに、盆の上に大鳥居が姿を見せた

 ぎょろり。壁に掛かった飾り板から、眼光鋭くにらんでくる竜に、思わず立ちすくんだ。うろこの一つ一つまでが繊細に刻まれ、今にも飛び出してきそうだ。

 江戸時代から島に伝わる宮島彫。その技を継ぐたった一人の職人がいると聞き、厳島神社のすぐそばの土産店に立ち寄った。片隅にある一畳ほどの作業場で、伝統工芸士の広川和男さん(63)が一枚の盆に向かい、彫刻刀を握っていた。

 波間にどっしりと立つ大鳥居が少しずつ、その姿を見せてくる。張りつめた空気を、外国人観光客の声が破る。「ビューティフル」。思わずほおが緩んだ。

 宮島彫は、甲州(山梨県)の彫刻師、波木井昇斎(はぎい・しょうさい)が伝えたといわれる。立体的に刻む「浮かし彫り」、木地を彫り込む「しずめ彫り」、線を刻む「筋彫り」。三つの技法を駆使し、四季の移ろいや島の名所を、盆や大杓子(しゃくし)に躍らせる。

 「先人たちの汗と涙の結晶が、この技術を伝えてきたんよ」。広川さんは教えてくれた。昔の職人は、問屋から材料をもらい、それを加工して工賃を受け取っていた。出来栄えに左右される厳しい暮らし。彫り損じに見せないように技巧を凝らしつつ、木に命を吹き込む。それが、新しい技を生み出してきた。

 広川さんの師匠や先輩はここ十年で次々と亡くなった。若い彫刻師は島にはいない。理事長を務める宮島細工協同組合で今年初めて担い手を募り、二十代の会社員二人に月二回、その技を伝えている。

 厳島神社の舞楽の音色、シカがたわむれる姿、五重塔からこぼれ落ちる桜吹雪…。「島に生まれて、目にしてきたすべてが、わしが彫る盆には出ているはず」。伝統を守る職人は、今も先人の技への挑戦を続ける。

 「先生が彫る竜は、見る角度によって表情が変わるんです。命があるみたい」。若い教え子の言葉を思い出した。もう一度、飾り板に刻まれた竜に向かう。

−2006.9.24

(文・梨本嘉也 写真・田中慎二)


宮島彫 トチやサクラ、ケヤキ、クワなど木材の素地や木目を生かした、写実的な彫りが特徴。宮島の風物だけでなく、花鳥も刻む。1877(明治10)年に内国勧業博覧会で受賞する職人が出て、宮島の名産品となったという。1982年、ろくろ細工や杓子などと並んで伝統工芸品の指定を受けた。宮島伝統産業会館でも月2回、教室が開かれている。 地図


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