社説・天風録
(天風録)車いすボランティア '06/8/6

きょう原爆の日。おしぼりサービス、通訳など、さまざまなボランティアが平和記念式典を支える。参列する被爆者や遺族の身体には、厳しい歳月も刻み込まれている。そっと寄り添うのは車いす介助ボランティアだ。六年目になる▲約八十人が事前に被爆体験を聞き、この日に備える。被爆者と同じ目線で、もてなしたいからである。広島市西区、松本隆文さん(51)も参加者の一人。子どものころ母親から、死臭が漂い焼かれるのを待つ無数の犠牲者の悲惨さを聞いた。その母親も七年前亡くなり、思いは格別だ▲毎回続けるうち「待ってるだけじゃ駄目と痛感した」と松本さん。初めは車いす介助受付近くで待機したが、被爆者らは遠慮がちで自分からは言い出さない。会場周辺を回り「乗ってください」と一歩踏み出し、触れ合いが進んだ▲被爆体験の風化が言われ、継承するのは年々難しくなる。ただ、じっとしているだけでは心は開かれないし、伝わらないのも確かだ。四年前死去した被爆詩人の「米田栄作詩集」が命日のきのう、後輩詩人らの尽力で刊行されたのも一つの文化ボランティアだろう▲ヒロシマの夏は、世界各地からの人々を迎えて催しも多彩だ。そんな中、ちょっとした出会いに始まる交流が、今の国際平和都市を紡ぎ出してきた▲一人一人が、もてなしの心で迎え、触れ合いへの一歩を踏み出す。そんな一日になれば、被爆の原点の思いは伝わっていくに違いない。

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