今年五月に建立から五十周年を迎えた広島市中区の平和記念公園の「原爆の子の像」の前で十五日、像のモデルとなった故佐々木禎子さんの兄雅弘さん(67)=福岡県那珂川町=が米国人教員たちと交流し、設立運動に取り組んだ子どもたちの思いを伝えた。
一行は研修旅行で来日中のニューヨークの中・高校の教員十人。雅弘さんは二歳で被爆し、生きる希望を折り鶴に託しながら十二歳で亡くなった妹の記憶や、像の成り立ちを語った。「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです」などと刻まれた碑文を示し、半世紀前の子どもたちの願いを説明した。
雅弘さんは昨年九月、禎子さんが病床で折った鶴一羽を米中枢同時テロ(二〇〇一年)犠牲者を追悼するニューヨークの施設に寄贈した。その理由を教員たちに聞かれ、「原爆もテロも遺族の思いは同じ。二度と悲劇を繰り返さないよう、どうすれば平和になるか一緒に考えよう」と呼び掛けた。
続いて原爆資料館を案内、被爆体験を語った。世界史を教えるホイットニー・ダビッドソンさん(28)は「サダコの話を通じ、なぜ平和を学ばなくてはならないかを子どもたちに伝えたい」と話していた。(森田裕美)
【写真説明】原爆の子の像の前で、米国人教員に語りかける佐々木禎子さんの兄雅弘さん(右)(平和記念公園)
    
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