中国新聞社
'13/8/6
【天風録】発行日8月6日

今週封切りの映画「少年H」の原作を、著者の妹尾河童(かっぱ)さんは大震災に見舞われた古里神戸のために書いた。戦後、一から出直した家族の物語が励みになれば、と。2年後に出た単行本の奥付に証しがある。「1月17日発行」▲心を砕く書き手は発行の日付さえ、ゆるがせにしない。原爆の日のきょうも候補の一つだろう。12年ぶりに詩集「火の文字」を編んだ東広島市の詩人井野口慧子さんも8月6日を選んでいる。「広島に咲く花たちは すべて鎮魂(たましずめ)の炎」▲被爆直後の見聞をびっしり書き連ねた原民喜のメモ帳を一度、手に取った時にも感じたのが「火」らしい。極みといえる原の一文がある。「今後生キノビテコノ有様ヲツタヘヨト天ノ命ナランカ」▲惨禍は広島と長崎にとどまらなかった。福島の原発事故で「核の新世紀」を刻印する日付がまた一つ。ことしは奥付に3月11日発行と記した本が目に付く。芥川賞候補に挙がった、いとうせいこうさんの「想像ラジオ」も▲原爆や震災の日に合わせた出版は、墓碑に命日を刻む流儀を思わせる。後世の者にはまき直しの原点にもなり得よう。ただ、引き継ぐ読み手に恵まれなければ「天ノ命」もかなわなくなる。

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