中国新聞

2000/8/28

<1> 病気の子どもたち

奇形や白血病増加

  ◇核実験と関連疑う

 カザフスタン最大の都市、アルマトイから北東へ約三百五十キロ。国境警備隊による二度の検問を経て、ジャルケントへ到着した。国境まで三十キロ余り。パンフィロフ地方の中心地で、人口は約四万五千人。ポプラ並木の木陰で、放し飼いの牛や馬が草をはむ中央アジアの農村風景が広がる。

 1c.jpg 一人の女性が出迎えてくれた。元市長のトルスナイ・ジャンタグロバさん(67)。現地の環境保護組織「東方の女性国際環境協会」のメンバーで、「ロプノルの核被害」を訴え続けている。

 ●新生児1割に異常

 「見てほしい」。手渡された写真は衝撃的だった。手足の奇形、大きな腫瘍(しゅよう)で盛り上がった背中…。付近の病院で最近生まれた子どもたちの姿だった。説明をしながら、ジャンタグロバさんがため息をつく。「この町で生まれ育った私が異常と思うほど、ここ十数年でこんな赤ん坊が増えている」

 彼女たちがロプノルの存在を初めて知ったのは、旧ソ連が「ペレストロイカ」
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ガオハルちゃんを抱え、ロプノル核実験場への不安を語る トルルコザイバさん(ジャルケント市)
(改革)へ歩み出した一九八五年以降のことだ。その後、カザフ北部のセミパラチンスク核実験場の甚大な被害が明るみになる。

 核実験場の閉鎖を求めた市民運動のうねりが全土を覆うなか、子どもたちの「異常」を感じ取った彼女たちは、天山山脈を越えた数百キロ東にあるロプノル核実験場へ疑いの目を向け始めた。

 市中心部のパンフィロフ地方中央病院を訪ねた。小児病棟の一室で、病気を抱えた子どもを持つ母親たちは、口をそろえてロプノル核実験場の不安を訴えた。

 水頭症を患う長女ガオハルちゃん(4つ)を抱えたザキルバ・トルルコザイバさん(30)は「病気はロプノルが原因」と言い切る。「なぜ?と聞かれても、それしか考えられない。私たち夫婦は健康だし、みんなもロプノルとうわさしている」。腕の中のガオハルちゃんが時折、会話をさえぎるように泣き声を上げた。

 四肢の先天的異常、てんかん、貧血、白血病…。この病院で十七年間、小児科を担当するアリハノワ・シンバット医師(45)は、十年ほど前から増加した疾患名を次々と挙げていく。一週間に六十人ほど生まれる新生児の一割に異常がある、ともいう。

 ●裏付けデータなし

 だが、医師や母親たちのこうした指摘を、放射能の影響と裏付けるデータはほとんどないのが現状だ。「旧ソ連時代は、治療と研究機関を厳密に分けていた。私たちに課せられたのは、病気を治すことだけ」とシンバット医師は語る。

 ジャルケントの静かな人々の暮らしは、見えない放射能の恐怖に支配されていた。放射能の影響が、どの程度あるのだろうか。それはロプノルからのものなのか。確証がつかめないもどかしさに、ジャンタクロバさんは顔を曇らせ、つぶやいた。「私の古里は、『病気の子どもの国』になってしまった」

《ロプノル核実験場》1964年10月、中国は北西部・新疆ウイグル自治区のロプノル周辺で初の核実験をした。67年には水爆実験、80年まで大気圏、地上での実験が繰り返された。ストックホルム国際平和研究所の年鑑によると、最後の核実験は96年7月。32年間で、地下を含めた実験回数は計45回となる。だが、実験規模や実験場の範囲、汚染状況など公式発表されたデータはほとんどない。


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