2000/8/30 ![]()
患者急増 足りぬ薬 ◇放射能と農薬複合?
「孫の手を診てください」。ジャルケントにあるパンフィロフ地方中央病院。帰ろうと車に乗り込んだセミパラチンスク訪問団の一行を、老女が追い掛けてきた。孫(6つ)に両手を見せるように促して、こちらに尋ねる。「生まれつき指がないこの子の手は、治るんでしょうか」
■訪問団に熱い期待 カザフスタン東部の残留放射能調査に訪れた一行が、ジャルケントを訪ねる直前、町には「うわさ」が流れていた。「広島の医師が来て治療してくれる」「何か援助をしてくれるそうだ」。病院には、こんな話を聞きつけた患者が詰め掛けていた。診察費が支払えず、日ごろ通院出来ない人たちの姿もあった。 だが、訪問団は放射線を測定する物理学者たちが中心だ。当惑こそすれ、期待にこたえられない。集まった人々の熱気に、現在のカザフスタンの医療、経済状態への不満を見る思いがした。 「今、この病院に入院するには、薬を持参しなければならなくてね」。アリハノワ・シンバット医師(45)が苦しい内実を明かす。「不足する医薬品や貧弱な設備で、出来る限りのことをやっているのですが…」
一九九一年、旧ソ連から独立したカザフスタン。各地区にある病院や診療所を、地区の中央病院が束ねるソ連当時の医療体制が今も残る。パンフィロフ地方中央病院は、人口十二万人の地区を受け持つ中央病院。それでも経営は厳しいのが現実だ。 ■ソ連崩壊で悪循環 旧ソ連崩壊後、国全体を覆う経済的な困窮は地方を直撃し、失業率は悪化。低下した生活レベルが患者を増やし、医療水準は追い付けない―。そんな悪循環に陥っている。 マカンチ地区病院のアリムラート・リスパエフ院長(52)もまた、増え続ける患者に頭を抱えていた。 例えば、十万人当たりのがんの有病率は、九三年が百三十八人。それが九四年二百四十六人、九六年二百六十八人と増え、現在も伸びは衰えないという。「重病の患者には、ここでは何の手立てもない。お金に余裕がある患者は、アルマトイなどの大きな病院に転院させている」と、リスパエフ院長はため息をついた。 なぜ、患者がこうも増加するのか。疾患との因果関係がはっきりしないまでも、現場の医師たちは三つの原因を挙げる。核実験の放射能、農薬・化学肥料のほか、地下水に含まれる天然ウランといった鉱物資源である。 旧ソ連の穀倉地帯だったカザフスタンでは、作物増産のため、農薬や化学肥料が大量に大地に投入された。実際に、南部の塩湖であるアラル海付近では、農薬が原因とみられる環境汚染が報告されている。大規模なかんがいで干上がった湖底から、農薬を含む塩が風に舞い散り、周辺住民に深刻な健康被害を及ぼしているという。 ■早急な調査を訴え 「放射能と農薬が複合して環境を汚染した可能性が高い、と私は考えている。そうなれば、問題はもっと複雑になる」と、早急な調査を訴えるリスパエフ院長。思うにまかせぬ医療事情のなかで、辺境の地の医師たちの苦悩が続いている。
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