中国新聞社

'99.9.9
                  市 民 に よ る 医 療 支 援 訪 問 団 
<中>経済疲幣     病院・患者とも困窮

−市民レベル支援に限界−


 「もう半年間も給料をもらっていない」。セミパラチンスク核実験場(カザフスタン)の北東端にあるかつての秘密都市クルチャト フ市の診療センターで、何人もの医師が病院の苦しい内情を口々に打ち明けた。

 ハシアン・タスタンベコフ所長代理は「政府の補助金が年度当初の予定の半分に減ったのが主な理由」と説明し、「ベッド数も昨年 の百四十床から救急用の三十床に減らさざるを得なかった」とため息をつく。案内されたセンターも別棟の入院病棟も医薬品さえ十分 にはなかった。

 「一番の問題はお金がないこと」。広島の市民グループ「ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクト」の訪問団は、視察に訪れた 病院で、こんな切実な訴えを何度も耳にした。

 ◇遅れた医療水準◇

 旧ソ連から一九九一年に独立後、国全体を襲う経済的困窮から来る厳しい経営事情。セミパラチンスク市内の州立がん病院では、肺 や胃の検査器具は七〇年代につくられたものだった。放射線治療機器の中には五八年製造のものもあった。
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 患者にとっても事態は深刻だ。セミパラチンスク市から約五十キロ南西のズナメンカ村に住む男性(38)は「お金がかかるので病院には 行けない」と語る。九二年に成立した「ヒバクシャ援護法」の手帳を持ってはいるが、もらえるはずの月々の手当などの支給は滞りが ち。「政府は十分な援護をしてくれない」

 ◇失業率70%〜80%◇

 訪問団は今回、セミパラチンスク周辺の町や村を巡回検診するための車や医薬品を国立放射線医学・環境研究所に贈った。周辺町村 から医療機関へ行く交通手段が整備されていないためだ。検診車は「周辺に住むヒバクシャの治療に役立つ」と喜ばれた。しかし、地 域全体の医療水準は、医薬品や器具など基盤の面で大きく立ち遅れている。

 経済的困窮の影は、社会全体を覆っている。旧ソ連時代は「軍都」で、兵器製造が盛んだったセミパラチンスク市。ソ連崩壊後に 戦車工場が閉鎖されるなどで「今、男性の失業率は七〇〜八〇%ぐらいに高まっている」とセミパラチンスク医科大のマラト・ウラザ リン副学長は指摘する。「女性が働いているから何とかやっていける」と語る。

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医薬品の不足や賃金の遅配など、病院の実情を医師から聞く訪問団の小畠知恵子さん(右)(クルチャトフ市の診療センター)
 ◇立ち向かう市民◇

 市民レベルの支援では手に余る現実の厚い壁。「医療支援でどの程度、ヒバクシャを救えるのか」と自問自答して、無力感に襲われ た訪問団メンバーもいた。

 逆に、訪問団を元気づけたのも現地の人々だった。旧ソ連初の核実験五十周年を記念した音楽祭。準備に奔走した核実験被害者同盟 「アイリス」代表のグリスン・カキムジャノバさんのあいさつが心に響いた。

 「広島の人たちの支援に感謝しましょう。しかしここは私たちの大地。私たちが守らないといけない」。困難に自ら立ち向かおうと 市民に呼び掛けた。

 広島を訪れたウラザリン副学長から核実験被害の話を聞いたのがきっかけで訪問団に加わった広島市東区牛田新町三丁目、公務員長 谷川弥生さん(24)も勇気を与えられた。「セミパラチンスクの人々が絶望の中に取り残されないよう、友人であり続けることが一番重 要だと気が付きました」。訪問団が得た一つの答えだ。



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