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まだ見ぬ青色を求め、試験管で育つバラ苗(サントリー基礎研究所)
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梅雨の合間に晴れ上がった空。そんなすてきなスカイブルーは、恐らくバラには似合うまい。
それは、独り善がりの思い込みだったのかもしれない。
酒造会社サントリーの基礎研究所(大阪府島本町)を訪ねた時、青バラより一足早く開発に成功し、4年前から売り出した青紫カーネーションを見た。見事な気品を周囲に漂わせていた。
田中良和主任研究員によると、バラもカーネーションも、青色の色素デルフィニジンを持っていない。そこで、ペチュニアからデルフィニジンを作り出す酵素の遺伝子を取り出し、土壌細菌などの力を借りて遺伝子を組み換える。
カーネーションは首尾よく運んだが、バラはなかなか難しいらしい。新たな遺伝子を持った細胞がうまく再生、発芽するか。花を付けるまでに約1年。それも青色になるかどうか咲いてみなければ分からない。デルフィニジンの生成に成功しても、色素の存在する液胞のpHや他の化合物の存在が色合いに微妙に影響するからだという。
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サントリーが青バラより一足早く開発に成功した青紫カーネーション
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「試行錯誤しかありません。ひたすら辛抱強く」。田中氏は淡々と説明する。
私の辞書に「不可能」の言葉はないと見えを切ったナポレオン一世の妻ジョゼフィーヌが、現代バラの品種改良に乗り出してから200年余り。ブルーローズの誕生は育種家の見果てぬ夢であり、英和辞典にある通り「不可能」の代名詞だった。
小林さんが庭に咲かせた青バラ
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青バラ一筋40年の小林さん(栃木県佐野市)
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1990年、オーストラリアのバイオ関連ベンチャー企業と組み、サントリーは、その不可能に挑み始めた。
いつごろ辞書は書き換えられるのか。現在どこまで青みがかったのか。だが、何度聞いても田中氏は「特許の関係もあり、お答えできません」と繰り返すばかり。ポーカーフェイスから企業秘密はうかがえない。「上司の顔は青くなってます」とは余裕のジョークだろうか。
この世に存在しないからこそ人々は魅せられ、それが青というより薄紫であっても新種のバラの誕生をもてはやす。1950年代後半、米国でラベンダー色の「スターリング・シルバー」が生まれた時も、待望の青バラ一号と言われた。
栃木県佐野市の小林森治さん(68)は当時、人工交配による青バラづくりに熱中したアマチュア育種家の一人。10年たてば挫折する人が相次いだが、小林さんはあきらめなかった。「一度、かなり青いバラが咲き、うっかり枯らした。逃げた魚は大きいのです」
妻の出産時、病院に種を持ち込み、発芽しやすいようヤスリをかけたほど。そんな青バラ一筋40年。9年前に世に出した淡青紫の新品種「青竜」は、従来の交配手法で生まれた最も青いバラの一つとされる。
小林さんによると、矢車草はバラと同じ赤色色素シアニジンで青紫に咲くという。「遺伝子でなくても、もっと青くなるはず。自信作の手ごたえはあるんです」
「バラは夕暮れに青くなる」。自宅を辞する夕方、小林さんはそう教えてくれた。人間の目は、周囲が暗くなると青を強く感じる性質があるという。言われてみれば確かに、庭のバラは何となく青みを増したよう。
雲一つないスカイブルーのすがすがしさ。私たちはその残像を追い求めているのかもしれない。
■青色を生む色素デルフィニジン
三大切り花のバラ、キク、カーネーションは紫や青色を生む色素デルフィニジンを持たない。サントリーは人工交配では生成不可能と判断。開発に成功した青紫カーネーションは、国内で市販されている遺伝子組み替え植物の第1号となった。
一方、小林さんの交配は、デルフィニジンと同じアントシアニジン類の一種で赤色色素のシアニジンから赤みを抜いて青くしよう、というのが基本スタイル。
ある種のバラは葉にデルフィニジンを持つとの学説がある。最近、デルフィニジン以外の青色色素がバラにあるとの研究発表も。青森県もその県名にちなみ、青バラ研究に乗り出している。
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2001.6.10