タイトル小
23. 古里はるか
幅広のトゲは、ロサ・オメイエンシス。
中国雲南省に、ヒマラヤに咲くロサ・セリケアと同種のバラがあった。
ここは、現代バラの古里―。
文・江種則貴 写真・大村 博
*** 園芸種生んだ野生の楽園 ***
欧州へ渡った母なる花
万年雪に映える黄色のロサ・オメイエンシス(左側)。ツツジのピンク色を従えるようにして空に伸びる(雲南省大理の蒼山)
 
大木に育ったロサ・オドラータ。樹齢100年という(雲南省大理郊外)

 胃や肺をねじるような揺れが、もう一時間以上も続いている。でこぼこ山道は、果てしなく続くように思えた。山行きに慣れているのだろう、助手席の老教授はすずしい顔。なのに私とカメラマンは、悲鳴を上げる腰をさする余裕もない。

 最後は歩いてたどりついた高度3200メートル。富士山の高みに近づいたころ、道が行き止まりになる寸前に、バラは咲いていた。中国でいうロサ・オメイエンシス(峨嵋山薔薇)。ヒマラヤに分布するロサ・セリケアと同種とも言われる。4枚の花びら、幅広のトゲが共通した特徴だ。

ノイバラを撮影していると子どもたちが集まってきた(雲南省麗江郊外)

 バラの古里を求めて中国を旅した。ここは、大理石の産地として知られる雲南省大理の近く、万年雪を抱いた蒼山。写真撮影を終えたころ、案内してくれた中国科学院昆明植物研究所の武素功教授(63)は「1週間前、2人がこの山で遭難し行方不明のままらしい」。何げなくつぶやいた。

 平たん地のバラを探すには、ちょっと時期が遅かった。だから、武教授は私たちを山へ、山へと連れて行ってくれた。歩きに歩いた。日本でいうノイバラが咲いていたこともあれば、空振りも幾たびか。ないを意味する「没有(メイヨウ)」が、いつしか合言葉になった。

 だが、運動不足の息切れを「高度のせい」とごまかしてはみたものの、すぐに武教授に見抜かれた。「君たちには山歩きは無理だろうね。車で奥地をめざそう」

ロサ・バンクシアエの前で武教授。専攻はシダ植物だが、バラの咲く場所へと案内してくれた(雲南省麗江)

 悪くない選択だった。大理から麗江へ。濃いピンク、八重咲きの「ロサ・オドラータ」の5メートルもあろうかという大木が私たちを迎えてくれた。紅茶の香りがただよう。地元の人たちに聞くと「100年前から咲いてるよ」「四季花と呼んでいる」。欧州に渡ったティーローズである。

正面の谷の向こうはチベット。サンショウバラの仲間が太い幹をまっすぐに伸ばす(雲南省中甸)

 道端でノイバラ系のバラを見つけるたび、武教授はルーペを取り出し、「セイム。さっきのバラと同じ」「ディファレント。違うバラだ」。私たちの合言葉は「有」に変わった。ロサ・フィリペ、ロサ・バンクシアエ(日本でいうモッコウバラ)…。日本と同じように多くはあぜ道で、農民たちの田植えや子どもたちの走り回る姿を見守っていた。

 最後は標高3600メートルの中甸へ。遠くチベットを望む山腹に、根元の直径は3センチを超える大きなバラの樹があった。幹はまっすぐ伸びている。日本に野生するサンショウバラの仲間らしい。

 残念なことに、花はまだ。焦って奥地まで急ぎすぎたのか、頭が痛い。パソコンの画面が真っ赤に見える。正真正銘の高山病になりかけた。

 でも、現代バラのルーツの一つ、肝心のロサ・ギガンテアは見当たらない。最近、四川省などで野生の発見例が相次ぐロサ・キネンシスとともに、欧州に渡って現代の栽培バラのルーツとなった香りのいいバラだ。雲南省のどこかに、きっと咲いているはず。

 毎日、恋焦がれる気持ちを募らせたせいだろう。「赤い糸」伝説を信じていた小さいころの夢を見た。人はいつか必ず、運命の人にめぐり合うのだと。ホテルのベッドで、ずいぶん懐かしい気持ちで目が覚めた。

 結局、しかし、糸はつながらなかった。いつの間にか幼く純真な心を忘れてしまった自分を、のろうしかあるまい。悔しさをのみ込み、次の目的地ウルムチへ飛んだ。

栽培型のロサ・キネンシス(雲南省昆明)

■中国産を交配 四季通じ開花

 現代の園芸バラが四季を通じて咲くのは、中国原産のコウシンバラ(ロサ・キネンシス)に由来する。中国名で月季花。18世紀から19世紀にかけ、欧州に運ばれて交配の親となり、年一度しか咲かなかった欧州のバラに革命をもたらした。野生種は主に四川省で数多く発見されている。

 雲南省に分布するロサ・ギガンテア(中国名・大花香水月季)は、花弁の先が裏側に折れ曲がる優雅な剣弁咲きの性質を現代バラにもたらした。この花とコウシンバラとの交配で生まれたロサ・オドラータは、欧州でティー・ローズと呼ばれる。紅茶の香りに似た芳香があるからだ。

花市場。切りバラは1本5円もしない(雲南省昆明)

 バラのルーツは、これら中国西部から西アジアにかけて、すなわちヒマラヤ周辺とされる。昆明植物研究所の武素功教授によると、太古の地球で陸地が形成されたのは、ヒマラヤより雲南の方が先。このため、バラに限らず雲南は「植物の古里」だという。

 雲南は今も、バラ栽培が盛ん。昆明市郊外で大規模ハウスを営む楊玉勇さん(46)は「コロンビア、ケニアと並び、昆明は世界の三大バラ栽培適地」と話す。緯度が低くて海抜が高いためだ。日本にも切りバラを輸出している。直行便を使えば半日で日本の花屋に並ぶ。

 昆明市内の花市場にバラが並んでいた。切りバラ20本で5元(約75円)。中国では一般的に、薔薇(チャンウイ)と呼ばず、日本ではハマナスを指す〓瑰(メイグイ)と呼んでいる。

 【お断り】〓は「王」偏に「攵」を書きますがJISコードにないため表示できません。

2001.6.17

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