記憶たぐり半年奮闘
舞手の記憶だけを頼りに、半年がかりで再現した。五本の刀を操る「五刀舞」。派手さはないものの、型を受け継ぐ旧舞の一つだ。
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約30年ぶりに再現した「五刀舞」。5本の刀を操りながら剣の修行を表現する佐々木一士さん
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和紙を巻いた刀を口にくわえ、それぞれの手には柄をつないだ二本の刀を持つ。約一時間半、延々と一人、剣の修行の舞を優雅に繰り広げる。
「新舞が普及し、徐々に舞う機会が減った」。一九七〇年秋、最後に舞った安芸太田町の猪山神楽団の前団長、佐々木静雄さん(64)は振り返る。
「このままでは、習いたくても習えなくなる」。危機感に猪山神楽団の一人が立ち上がった。二〇〇二年春。佐々木さんの長男一士さん(38)。一番若い団員だった。
神楽に口上などの台本はあるが、細かい所作は口伝え。五刀舞は口上がない。かつての舞手の父らが記憶のひもを何度も解き、息子が念を押す。〇二年秋、三十二年ぶりに舞った。今、芸北地方で上演できるのは猪山神楽団だけ、という。
この地方で演じられている神楽の源流は、江戸時代末期ごろに島根県から伝えられたとされる。猪山神楽団も、島根県石見町で神楽を学んだとされる芸北町橋山地区の住民から、明治中期に習ったと伝えられている。
しかし、県伝統神楽研究会の今田三哲会長(81)=広島市西区=は「五刀舞には島根の神楽にない特徴がある。石見神楽が浸透する前、独自の神楽があったのではないか」と推察する。
旧舞は秋祭りの主役だった。戦後、派手な新舞が生まれ、旧舞から転向する団も出た。競演大会は、いつしか新舞が前面に出るようになった。向かい風が吹く。
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猪山神楽団は、旧舞にこだわる。農作業のしぐさを倣うとされる多くの型に、約四十年前に入団した佐藤喜徳団長(59)は愛着を抱く。ぬかるんだ田んぼで、ひざを折りながらのコメ作り。なぎなたの扱いは、稲刈りのかまの動きに学んだ。
佐藤団長は「機械化が進み、体のつくりが変わった。練習しないと型を維持できない」とみる。だが、八九年以降、入団者はいない。三十七世帯の猪山地区の高齢化率は39・8%と高い。
同団では約十年前から、秋祭りの神楽をビデオに撮り続ける。佐藤団長は「先人が辛苦して残してきた神楽を、いつか見て、また戻せるように記録しておきたい」。
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