ファンの共感 HPに
ざわめきと 太鼓ばかりを 照らす灯と 幕の振るうが 夜の始まり
誰もいない舞台。かすかに揺れる幕が、準備を進める舞台裏の慌ただしさを伝える。大きく波打てば、はやし人が登場。清らかな笛の音色が、会場全体に響き渡る―。広島市安佐北区出身の大学三年福井梓さん(20)=金沢市=は、神楽から得る感動を、短歌に込める。
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「古里と神楽への思いが重なり合っている」。メモ帳を手に、短歌へ込める心情を語る福井さん
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輝ける 夜は終われども なお紅葉(もみじ) 散る我が頬(ほお)を 月が笑いぬ
神楽が行われる秋を連想させる歌が多い。文章で書くと言葉にとらわれるため、エッセンスだけを伝える方法を選んだ。「イメージが限定されず、自由に広がる。日本古来の表現方法だからこそ、神楽の世界に近づけるような気がする」と笑顔を浮かべた。
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秋の夜の 寒空の下 父の背と 舞台を照らす 灯のあたたかさ
幼稚園のころから、近くの神社の秋祭りで神楽を見てきた。家族で出掛ける年二、三回の大イベント。いつも心を躍らせた。高校に入ると、その喜びを家族だけでなく友人とも分かち合いたい、と思うようになった。ただ、カメラは持ってないし、絵心もない。道具なしで手軽に表現できる短歌を作り始めた。
星影の 照らす里にて 秋を舞う 姿恋(こ)いつつ 机に向かう
心理学を学ぼうと、神楽を我慢して受験勉強。石川県の金沢大学に合格したが、初めての一人暮らしは「神楽とは無縁の世界だった」。古里を離れた寂しさから作った短歌も、題材は神楽ばかり。二〇〇三年夏、「WONDERFUL★NIGHTS」と題するホームページ(HP)を開き、広く短歌を発表するようになった。
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我が心に 住まい成したる 悪(あ)しきもの 討ち取り給(たま)う 郷(さと)の舞人
HPは神楽ファンたちの共感を呼び、百以上に及ぶ短歌が福井さんに届けられた。勇壮な舞をストレートに表現する人や、舞台から見た会場の情景をうたう神楽団員…。「神楽への思いがそれぞれ違い、新鮮だった」。寄稿された短歌もできるだけHPに掲載し、短歌を通じた神楽文化の交流が始まった。
神楽とは 我の何ぞと問いつれど 心のいらうは ゆかしとばかり
福井さんは、短歌を作るため、感じたことを書き留めるメモ帳を常に持ち歩く。「広島から離れたからこそ感じられる、私ならではの思いを伝えたい」。農村で展開される神楽は、都市出身者の郷愁の念も駆り立てる。
(岡本玄) =第二部おわり
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