郷土番組 格好の素材
神楽の形態には三種類ある。神社で舞う「宮神楽」、農村部の体育館などで技を競い合う「競演神楽」。そして約十年前、広島市中区の広島厚生年金会館やアステールプラザなど都市部で始まった「ホール神楽」だ。
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12月に企画する神楽大会のポスターのデザインを検討する林さん(中)たち
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「世界的に有名な歌手のコンサートや演劇などが繰り広げられる舞台に、神楽も仲間入りさせたい」。ホール神楽の仕掛け人の一人、広島市中区の広告代理業「RCC文化センター」で営業を担当する林秀樹さん(56)は「神楽は、産業として発展する可能性を秘めている」と期待を込める。
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毎年二月のRCC早春神楽共演大会や、演出を工夫した今年五月の神楽大会「スーパー神楽」などを企画してきた。綿密な台本を作り、照明や音響などをプロが分業し合って、大かりな舞台を演出する。会場使用料が高く、入場料は最高で五千五百円と高めだが、千人以上収容する会場はほぼ毎回、満席になる。
取引先の勧めで一九九八年、北広島町の神楽大会を見たのがきっかけとなった。山口県錦町出身の林さんに、神楽は「中年男性が酔った勢いで舞う」イメージだった。だが、若者たちが汗まみれになって真剣に舞い、千人近い観客には若いカップルの姿もあった。
「華やかな衣装や派手な化粧、迫力あるはやしは、映像の強みを生かせる。いける」。広島市中区の中国放送を親会社とする放送グループの一員としての直感が働いた。粘り強く上司の役員を説得、翌九九年には、RCC早春神楽共演大会の開催にこぎつけた。
約七時間の公演を二時間に編集し、深夜に放送した。視聴者からは不満の声が相次いだ。「大事な場面が削られている」「落ち着いて見られない」。反省を生かし、翌年には月―金曜の五回に分け、全十団体の公演を流したが、視聴率は伸びあぐねた。三年目以降、放送を見合わせざるを得なくなった。
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「それでも、いつかは」。大会の企画、主催を続ける林さんは思う。二〇〇六年十月、県内で地上デジタル放送がスタートする。多様な番組が求められるようになれば、郷土芸能の底上げを図るノウハウが生きてくると信じている。周囲には照明や音響、演出家など舞台を洗練させるスタッフも育ってきた。
十二月、平安時代を描いた演目を集めた大会を広島市中区の広島郵便貯金ホールで開く。貴族の勢力争いが生んだ悲劇など当時の空気を伝える。「神楽団は出演を励みに思い、見る側も感動を分かち合えるような舞台を作っていきたい」。神楽の産業化を目指し、確かな歩みを進めている。
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