欧米からの報告 原子力を問う
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<4> 米国の政策転換
2003/01/26
世界一の原発国 推進に再び本腰
■ 厚い支援 新設へ3社動く ■

 米国のブッシュ政権は過去20年余り続いた現状維持政策を転換し、原子力推進へとシフトした。1979年のスリーマイルアイランド事故後、原子力発電所の発注・着工が途絶えていたが、まずは2010年までに少なくとも1基の新設を目指している。カリフォルニア州で電力危機に陥るなど、消費の伸びに供給が追いつかなくなっているためで、エネルギーの安全保障を強化する狙いもある。(編集委員・宮田俊範、写真も)

《米国の原子力発電所の新設候補地点》
発電所 所在地
(州)
出力
(万キロワット)
炉型 運転開始
所有企業
クリントン イリノイ 97・2 BWR 1987年 エクセロン
グランドガルフ ミシシッピー 130.6 BWR 1985年 エンタジー
ノースアナ1号
2号
バージニア 97.1
96.3
PWR
PWR
1978年
80年
ドミニオン
BWRは沸騰水型、PWRは加圧水型(日本原子力産業会議調べ)
 
 イリノイ州のシカゴ市南西二百キロ。米国最大の電力会社エクセロンが運営するクリントン原子力発電所は、政策転換を受けて、名乗りを上げた全米三カ所の新設候補地の一つである。
 
 エクセロン社の原発は十カ所、計十七基。クリントン原発が候補となったのは、世界最大規模の五千七百ヘクタールの敷地がありながら原子炉が一基だけで、増設の余地が大きいからだ。敷地内には、冷却水に使える二千ヘクタールのクリントン湖もある。

 エクセロン社の原子力部門最高責任者、ジョン・スコールズ上級副社長は「原発の新設には巨額の投資が必要で、採算が合うかどうか、今はまだ慎重に調査を進めている段階」と語る。建設には二千―三千億円の初期投資が必要とみられる。電力自由化でコスト競争が激化する中、初期投資をいかに安くできるかが成否の鍵を握る。

 米国は百三基の原子炉を持つ世界一の原発大国だ。ところが、新設は発注ベースで七三年、着工ベースでは七八年を最後に途絶えた。当時相次いだ事故やトラブルで反対運動が強まり、さらにスリーマイルアイランド事故がとどめを刺した。

 発注済みの工事は継続されたものの、新設の動きは完全にストップ。最も新しく九六年に運転開始したテネシー州のワッツバー原発でも、着工は七三年までさかのぼる。

 その状況を打開するため、ブッシュ大統領は二〇〇一年五月、原発推進へと政策を転換。エネルギー省は昨年二月に「原子力二〇一〇計画」を打ち出し、「二〇一〇年までに少なくとも一基の原発新設を目指す」との目標を掲げた。

 併せて支援策も用意した。原子力規制委員会(NRC)から環境影響評価などの事前承認を受ける「早期サイト許可」申請について、エネルギー省は費用の大半、約二十億円を負担。別々に与えられていた建設と運転の許可も同時に交付して立地を促進する。建設費の一部負担も検討中だ。

 これを受けて今回、新設の意向を示したのはエクセロン社のほか、全米二位のエンタジー社のグランドガルフ原発と、四位のドミニオン社のノースアナ原発だった。三社は昨年六月、正式に候補地として手を挙げた。

 スコールズ上級副社長は「原子力は今や石炭や天然ガスなど、どのエネルギーよりも発電コストが安い。環境的にも一番クリーンなエネルギーでもある」と名乗りを上げた理由を説明する。

 三社は今年六―九月にNRCへ「早期サイト許可」を申請。順調に進めば二〇〇五年にも、着工の運びになるという。

 ▽電力不足直面で危機感 CO減・低コスト強調

graf 原子力推進へと政策転換した米国政府。その背景には、伸び続ける電力消費に供給が追いつかないという深刻な需給ギャップがある。

 原発へのシフトを打ち出した二〇〇一年五月の「国家エネルギー政策」。チェイニー副大統領を座長に七人の閣僚がまとめた政策で、百七十ページ、百五項目にわたってエネルギー供給拡大のための方針を列挙している。その目玉が、原子力推進への政策転換だった。

 ブッシュ大統領はまず「エネルギー需給の不均衡が今日のエネルギー危機を招いた。今後も不均衡が続けば、経済や生活、安全保障にとって脅威になる」と強調。カリフォルニア州の電力危機のケースを挙げた。

 シリコンバレーを中心とした好景気でカリフォルニア州では九六―九九年に最大電力が五百五十二万キロワット伸びたが、その間に発電設備の増加は六十七万キロワットだけ。この供給力不足が、二〇〇〇年から二〇〇一年にかけての大停電を招いたという。

 この図式は全米にも当てはまる。九〇―二〇〇〇年で電力消費は20%以上伸びたが、発電能力は老朽発電所の閉鎖などで横ばい。九四年当時、向こう五年間で四千三百万キロワットの発電所が計画されたが、完成は半分以下の千八百万キロワットにとどまった。このためニューヨーク市も「今後、電力不足に直面する恐れがある」とみる。

 全米の二〇〇〇年の総発電電力量の電源別構成は、石炭52%、原子力20%、天然ガス16%―の順。ブッシュ大統領は「今後二十年で電力消費は45%の増加が見込まれる」との見通しを述べた上で、「地球温暖化防止に向けて二酸化炭素(CO)の排出量を削減するためにも原子力の利用拡大を図る」と言明した。

 これを受けたエネルギー省は「原子力二〇一〇計画」で、電力会社に原発の新設を促すとともに、既存原発の能力を高める多様な施策に知恵を絞った。
 まずは百三基で計一億キロワットの出力を持つ既存原発の年間設備利用率を2%高めることで、実質出力を二百万キロワットアップする。また改修工事などで千二百万キロワットの出力増強も図る。大半の発電所の運転期間も四十年から六十年へと延長する。

 さらに、ネックとなっていた使用済み燃料などの高レベル放射性廃棄物の最終処分場についても、ブッシュ大統領は昨年七月、ネバダ州のヤッカマウンテンに決定。二〇一〇年から世界で初めて稼働させる予定だ。

 米国で原子力の利用拡大が見送られてきたのは、スリーマイルアイランド事故に伴う信頼感の低下だけでなく、経済性でも劣っていたことが大きく影響している。

 燃料交換や相次ぐトラブルによる計画外停止などで、全米の原発の設備利用率は七○年代は50%そこそこ。それが九〇年代に入って急速に改善し、最近では90%近くまで上昇している。日本は80%程度である。電力会社の設備改善や、政府による定期検査の簡素化措置などが効果を上げた。

 全米二百八十の電力会社などで組織する米国原子力エネルギー協会(NEI)によると、九九年の発電コストは一キロワット時当たり二・二円。石炭の二・五円、天然ガスの四・二円などより低く、協会は「原子力が十年ぶりに最も安い電源になった」と説明している。

 政策の後押しと経済性の向上によって業界も強気だ。NEIは今後二十年間で、原子力による発電を、現在の五割アップ、五千万キロワット増やすのが目標だ。百万キロワット級換算で五十基に相当する。


エネルギー省原子力科学技術局長
ウィリアム・マグウッド氏


「原子力は将来とも使えるエネルギーだと実証されたといえる」と語るマグウッド氏
 ■ 技術進歩で信頼性増す ■
  
  米国政府の原子力政策の立案、推進の責任者、エネルギー省原子力科学技術局長のウィリアム・マグウッド氏に、政策転換の背景について聞いた。

 ブッシュ大統領の原発シフトの狙いは。

 経済発展を考えた場合、エネルギー供給の確保が欠かせない。米国は石炭や天然ガスなど豊富な資源を持っているが、それでも石油の一部などは輸入に頼っている。しかも、政治的に不安定な地域に依存している状態だ。だからエネルギー供給の拡大には、原子力をはじめとした多様な分野を考慮すべきだという観点に立った。客観的に見ても、従来のように原子力を無視することはできなくなった。

 原発には反対も根強いのではありませんか。

 確かにスリーマイルアイランド事故以来、いろいろ課題があることは承知している。だが、その一方で技術的に大きく進歩したことも事実だ。特に設備利用率は今や90%に高まっている。原子力は将来とも使えるエネルギーとして信頼性が実証されたといえる。それに加えて空気を汚さず、温室効果も引き起こさない。効率良くエネルギーを出せる。

 米国はCO削減を目指す京都議定書には反対していますね。矛盾していませんか。

 明確に反対している。それは、わが国の経済に影響を与えるような方策は受け入れられないからだ。そんな欠陥を抱えた京都議定書は正しい方法とは思わない。だが、CO削減に取り組まないと言っているわけではない。独自にアプローチする道を選んだのであって、大統領も二〇〇八―一二年で18%の削減目標を掲げている。

 原発新設の動きは進んでいますか。

 支援策を打ち出したことで三社が応じた。現在、NRCの早期サイト許可を得るためにわれわれと協議を続けているところだ。これは、どこに建設するか、政府がOKを出すということでもある。ただ、着工時期などの詳細はこれから詰めなければならない。

 米中枢同時テロ後、原発が標的になる懸念が広がっていますね。

 同時テロは米国民のだれにとっても特別な経験だが、特に原発に働いている者には非常な衝撃となったことは間違いない。われわれには万一に備えて原発を閉鎖する権限があり、いろいろ調査した。でも、これまでに閉鎖すべきと判断したケースはゼロだ。どの施設も堅固に守られており、テロの心配はしていない。

新設候補地に名乗りを上げているクリントン原発。建設が決まれば、スリーマイルアイランド事故後、初の着工となる(イリノイ州)





《カリフォルニア州の電力危機》

 カリフォルニア州では一九九八年から電力自由化が本格スタート。九〇年代後半にシリコンバレーを中心とした情報技術(IT)産業の急成長などで需給状況がひっ迫した。二〇〇〇年六月、約六百万キロワットの発電所が定期点検で休止中のところに猛暑が重なり、サンフランシスコ市などで三時間停電。二〇〇一年一―五月にも最大百万世帯に及ぶ停電が六回発生した。信号機の停止による交通事故の多発や操業不能に陥った工場での従業員解雇など、さまざまな影響が出た。


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