欧米からの報告 原子力を問う
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<5> スイスの住民投票
2003/02/02
原発運転を支持 州民が役割理解
■ 現状維持政策に追い風 ■

 スイスは5月にも、稼働中の5基の原子力発電所を廃止する是非について問う国民投票を実施する。政府の現状維持政策に対し、反原発団体が即時廃止や早期廃止を求める2件の国民請願を発議したからだ。スイスの原子力比率は4割近くに達しており、代替エネルギーの見通しも立っていない。脱原子力を問う過去3回の国民投票はいずれも否決。地元原発の廃止をめぐり2000年に唯一、地方レベルで実施されたベルン州民投票でも運転継続が支持されており、可決は厳しい情勢とみられる。(編集委員・宮田俊範、写真も)

《スイスの原子力発電所》
発電所 出力
(万キロワット)
炉型 運転開始
所有企業
ベツナウ1号
2号
38.0
38.0
PWR
PWR
1969年
1972年
NOK
ゲスゲン 102.0 PWR 1979年 KKG
ライプシュタット 120.0 BWR 1984年 KKL
ミューレベルク 37.2 BWR 1972年 BKW
BWRは沸騰水型、PWRは加圧水型(日本原子力産業会議調べ)
 
 ベルン州民投票の対象となったのは、ベルン電力会社(BKW)のミューレベルク原子力発電所である。首都ベルン市から西へ十四キロ。ミューレベルク村を流れるアーレ川沿いにある。
 
 「ミューレベルク原発は二〇〇二年までに廃止すべきだ」。そう主張する地元の反原発団体が州民投票に必要な五千人以上の署名を集めて廃止を求める発議を起こし、二〇〇〇年九月に投票が実施された。
 
 スイスに五基ある原発の中でも唯一、州民投票を受けたのは、かつて政府からも安全性で注文が付けられた経緯があるからだ。冷却水の配管破損など万一の事態に備えた非常用炉心冷却装置に不具合が見つかり、政府は一九七二年の運転開始当初、運転期間を二十年に制限。その後、改修などを経て運転延長が認められたという。

 ところが投票結果は反対64%、賛成36%。三分の二近い州民が「ミューレベルク原発は運転を継続すべき」と判断したのである。

 ミューレベルク村は人口三千人。原発で働く約三百人の従業員の大半は村民である。九人いる村議会議員のうちの一人、グイド・フルーリー副議長は「安全性に問題があれば、彼らは決してここに住まないはずです。これまで三十年間事故もないし、村民は原発を信頼している」と語る。

 ベルン州が株式の63.5%を所有するBKWは、スイス北東部の四百市町村、約百万世帯に電気を供給している。州民投票前、州内の教育・マスコミ関係者八百人を招いて運転継続のキャンペーンを展開したBKWのパトリシア・ブルーノ広報部長は「州民投票への対応は大変だったが、投票を経験することで、かえって原発の仕組みやその役割について州民の理解が深まった」と話す。

 州民投票と同時に、火力と原子力発電の電気への新税や、風力など再生可能エネルギー開発への補助財源としての新税を設けるなど、エネルギー税創設に関する三件の国民投票も実施された。だが、いずれも反対多数で否決されている。

 州民、国民投票の結果を受けてただちに政府は「原発の早期廃止は経済に大きな影響を与え、地球温暖化防止にもマイナス。運転年数には制限は設けず、安全が確認できる限り運転させる」と表明した。

 この政策を盛り込んだ改正原子力法案は二〇〇一年三月から国会審議にかけられている。審議は近く終了する。政府は今回の国民投票で、この法案を脱原子力案の対案とし、国民の判断を仰ぐ構えだ。

 ▽全廃を問う国民投票 代替エネ、見通し立たず
 
アールガウ州のベツナウ原発。5月の国民投票では国内5基すべての原発が存廃を問われる
 国民投票の原動力になったのは、緑の党や世界自然保護基金など反原発運動に取り組む約四十の政党・団体だ。反原発連合を組織し、国民投票に必要とされる十万人を上回る十二万一千人の署名を集めた。
 
 投票にかけられる提案は、即時廃止と早期廃止の二件ある。そのうちの即時廃止案は、運転開始が古いベツナウ原発1、2号機とミューレベルク原発は可決後二年以内に、ゲスゲン原発とライプシュタット原発は運転期間を三十年に制限して二〇一四年までの廃止を求めている。

 早期廃止案は、五基とも運転期間を四十年に制限し、二〇二四年までに運転停止。新設についても一九九〇年の国民投票で可決した「新設は十年間停止」とする凍結措置が二〇〇〇年で期限切れとなっているため、さらに十年延長する―という内容だ。

 反原発連合は「国民に大きな危険を及ぼす五基の原発はできる限り早く廃止し、すべてを再生可能エネルギーに切り替えるべき」と主張する。

 脱原子力を問う国民投票はこれまで七九年と八四年、九〇年の三回実施されている。いずれも反対が51―55%の過半数を占めて否決された。

 併せて九〇年の国民投票にかけられた新設凍結案は、電力会社側にも新設の動きがなかったこともあって受け入れられやすく、賛成71%で可決。二〇〇〇年の期限切れを控え、反原発連合が九九年末に脱原子力案を発議したという。

 ただ期限が切れたにもかかわらず、投票実施までに時間がかかっているのは、政府が対案として予定している現状維持政策を盛り込んだ改正原子力法案が国会審議中のためだ。

 反原発連合の発議後、民間調査会社が二〇〇一年十月に実施した世論調査では、「安全性が確保されている限り運転を継続する」とした現状維持政策への支持が69%に上った。今回の脱原子力案である「早期廃止」(14%)と「即時廃止」(8%)を、いずれも大幅に上回った。国民投票での脱原子力案の可決見通しの厳しさをうかがわせる結果だ。

 スイスの電源構成は水力が59%、原子力が38%で、残りが天然ガスや石炭、石油など。二酸化炭素(CO)排出量は既に低い水準にあり、エネルギー省は「もしも原発を廃止する場合には、代替エネルギーの選択が非常に難しい」と言う。

 環境保護のため水力の開発はできず、化石燃料も増やしにくい。京都議定書でスイスのCO削減目標は二〇一〇年で九〇年比10%減だが、逆に現時点では0.8%増えており、今後は11%減らす必要があるからだ。

 ドイツで急速に伸びている風力についてもエネルギー省は「スイスは風力に向いた海岸を持たないなど、地理的な制約が大きい」と説明する。

 電力業界の委託を受けたドイツ・ブレーメン大エネルギー研究所の試算によると、原発の早期廃止は廃炉費用と新発電所建設、CO削減対策などによって大きな負担を伴う。その費用は五基を目いっぱい五十―六十年運転した場合と比べ、三十年運転では約四兆円、四十年運転では約三兆円余計にかかるという。

 フランスやドイツなどの原発大国に囲まれたスイス。ドイツは政府と電力業界が脱原子力で合意した。国民投票次第だが、スイスが脱原子力の仲間入りするのは難しい見通しである。


エネルギー省国際エネルギー担当官 
ジャンクリストフ・フューク氏


「原発を廃止するかどうかは、国民が経済的負担として受け入れられるかどうかの選択と言える」と話すフューク氏
 ■ 直接民主主義にも欠点 ■
 
 スイス政府の原子力政策立案を担当するエネルギー省国際エネルギー担当官のジャンクリストフ・フューク氏に、国民投票やエネルギーを取り巻く課題を聞いた。

 投票結果の見通しはどうですか。

 政治的にデリケートな問題で予測の話はしにくいが、われわれの現状を説明すれば、政府はもちろん原発を認めており、国会も原発の運転年数を制限しようとは考えていない。ただ、州によって原発に反対しているところはある。結果がどうであれ、原発をどれだけ使い続けるか、使用済み燃料の最終処分場をどこにするか、その輸送はどうするか―という課題があることに変わりはない。

 いずれ原子炉は寿命を迎えます。どんな代替エネルギーを考えているのですか。

 エネルギー省の公式見解で言えば、ドイツの沿岸部に風力発電所を設けてこちらに電気を運ぶ計画を立てている。だが、これはまだ現実味が薄いプランだ。ほかに天然ガスの発電を増強する選択肢もあるが、地球温暖化防止を考えると、この方法は選びにくい。どうしても環境へのマイナス影響なしには、切り替えが進まないのが現状だ。

 水力以外の再生可能エネルギーはあまり普及していませんね。

 二〇〇〇年の国民投票では、再生可能エネルギーの開発を促すために新税を創設する提案が否決された。これは再生可能エネルギーが嫌いというより、増税に反対したためだと分析している。

 スイス人は、何事も自分の財布と相談して決める現実的な国民性がある。原発を廃止するかどうかも、最終的には国民が経済的負担として受け入れられるかどうかの選択と言えるだろう。ここが哲学的に思考し、脱原子力を決めたドイツ人とは違う点だ。

 周辺国からの電力輸入は。

 冬場は水量が減る影響で水力発電が減少し、原子力が大半を占めるフランスから相当量を輸入して補っている。冬場だけの電源構成で見たら、原子力比率が60%近くに上っているのが実情だ。だから、これ以上増やすことは、歓迎されないでしょう。

 最終処分場の立地も難しい問題ですね。

 政府はこれまでニートヴァルデン州で最終処分の研究を続けてきた。新たに地下研究所を建設しようとしたが、昨年九月の州民投票では否決された。自分の裏庭に迷惑施設を建ててもらいたくないのは分かるが、国全体の問題をその州の投票だけで決めていいのか、国会でも論議になった。直接民主主義制度にも、いろいろ欠点はある。

アーレ川沿いの木立ちに囲まれたミューレベルク原発。州民投票では運転継続が認められた(ベルン州)




《住民投票制度》

 人口約七百万人のスイスは直接民主主義制度として、憲法改正や国策などを対象とする国民投票、二十六州ごとの法律や施策などを問う州民投票、約三千市町村ごとに条例の制定などを決める自治体投票を実施している。州民投票で地元原発の廃止案が否決されても、国策として脱原子力案が国民投票で可決されれば廃止が決まる。国民投票にかける発議は原則十万人以上の有権者の署名が必要。州民、自治体投票もそれぞれ必要な署名数を定めている。


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