<11> テロ攻撃と対策
2003/03/23
「9・11」契機に施設の警戒強化 |
■ ミサイルや銃で防衛 ■ |
2001年9月11日に起きた米中枢同時テロをきっかけに、欧米各国は原子力発電所や使用済み燃料の再処理工場など原子力関連施設の警戒態勢を強めている。ニューヨーク市の世界貿易センタービルを倒壊させた航空機テロ攻撃に備えて地対空ミサイルを配備したり、テロリストの侵入を防ぐために自動小銃などで武装した警備員を増員するなど、ものものしい警戒ぶりが目立つ。万一、旅客機が突入した場合、果たして原発は耐えられるのか―。各国は新たな脅威の出現への対応に追われている。
(編集委員・宮田俊範、写真も)
フランスの港町シェルブールから英国海峡に向けて突き出したコタンタン半島。その先端にあるフランス核燃料公社(コジェマ社)のラ・アーグ再処理工場に昨年十二月中旬、対空ミサイルシステムの中核となる上空監視用レーダーサイトが据え付けられた。
対空ミサイルシステムの配備は、9・11テロ直後に続いて二度目。詳細は明らかにされていないが、前回と同様、射程約二十キロのクロタール地対空ミサイルシステムが配備されたとみられる。
ラ・アーグ再処理工場は、使用済み燃料の再処理では世界最大規模の年間約千六百トンの能力を持つ。フランス国内の五十八基をはじめ、日本やドイツなど海外の電力会社三十社からも再処理を請け負い、各国が取り組む核燃料サイクルの要の施設となっている。
「ここは海に面し、空からも分かりやすい場所にある。政府が特別警戒態勢であるヴィジピラトゥ・プランを発令したため、軍が航空機テロ攻撃に備えることになった」とニコラス・サバリ広報課長は説明する。
ラ・アーグ再処理工場では、陸上からのテロ攻撃にも備えを固めている。周囲には高圧電流を流した二重のフェンスが張り巡らされ、銃を携帯した警備員約二百人が二十四時間態勢で警戒。サバリ広報課長は「不審者が侵入すれば、射殺することも認められている」と明かす。
フランスが原子力関連施設をここまで厳しく警戒するには理由がある。かつて実際に、テロリストが原発を攻撃した事件が起きているからだ。
高速増殖実証炉スーパーフェニックスが建設中だった一九八二年一月、川の対岸から五発のロケット弾が発射され、建屋に四発が命中。うち一発は工事のために設けられていた開口部を通って厚さ一メートルのコンクリート製原子炉格納容器に当たり、深さ約三十センチの穴を開けた。テロリストが使った武器は、旧ソ連製の対戦車ロケットRPG―7だったという。
経済財政産業省のステファン・グリッド原子力部長は「テロリストに情報を与えることになるため詳細は一切明かせない」と断りながら、「9・11テロ後、すべての原子力関連施設に対策を講じており、心配するような事態は起きない」と強調する。
9・11テロに見舞われた米国では、さらに厳しい警戒態勢を敷いている。
ペンシルバニア州を流れるサスケハナ川中流の島に建設されたスリーマイルアイランド(TMI)原発では、陸地と結ぶ橋に監視所が設けられている。自動小銃を持った警備員や装甲車などが配置され、地元警察のパトカーも警戒に当たる。
TMI原発のある州都ハリスバーグは、首都ワシントンやフィラデルフィアなどにも近い。9・11テロから一カ月後、米連邦捜査局(FBI)はテロリストからの脅迫があったとして捜査員を動員し、近くにある二つの空港を一時閉鎖する騒ぎも起きている。
全米原子力エネルギー協会(NEI)によると、全米の原子力関連施設ではテロ以降、警備員を33%増やし、計約七千人が警戒に当たっている。携帯する武器も強化し、配置前には二百時間のトレーニングも課している。スティーブ・ケアカス広報部長は「われわれは、こうした強い抑止力によってテロ攻撃を防いでいる」と語る。
原子力機関もテロ対策に怠りない。原子力規制委員会(NRC)はテロ直後、全米の原発に関する情報を載せたインターネットのサイトを閉鎖。再開後は一部の情報について「テロリストに知られては困る」としてサイトから削除した。
首都ワシントンにある原子力行政の中枢、エネルギー省(DOE)では、建物に入る際に空港と同様の手荷物のエックス線検査や金属探知機を使った身体検査などを実施している。ウィリアム・マグウッド原子力科学技術局長は「9・11テロは、特に原子力関係者に衝撃を与えたことは間違いない。だが、米国にテロを恐れて閉鎖しなければならないような原発は一つもない」と言明する。
▼航空機衝突、損壊危ぐ 放射性物質の放出も
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世界貿易センタービル跡のグラウンド・ゼロ。航空機テロ攻撃の恐怖を世界に見せ付けた(ニューヨーク市) |
欧米各国が原発などでテロ対策を強化している背景には、航空機テロを受けると原子炉内部から大量の放射性物質が飛散して大惨事を引き起こす可能性があるからだ。
米国の原子力規制委員会(NRC)はテロ直後に「原発はそもそも旅客機の衝突に耐える設計にしておらず、過去に想定したこともない」との見解を表明。国際原子力機関(IAEA)も「原発に直撃すれば、放射性物質を内部に閉じ込めきれない」と述べる。
ドイツのトリッティン環境相は「テロの危険を考えても、脱原発を早期に進めないといけない」と強調。政府が原発全廃政策を推進する理由の一つに挙げている。
だが、全米原子力エネルギー協会(NEI)の見方は少し異なる。昨年十二月、米国電力研究所(EPRI)に委託していた研究成果を公表し「原子炉施設は多少の損害を被っても、放射性物質の外部放出の危険性は少ない」と結論付けた。
9・11テロでハイジャックされたのと同じボーイング767型機が時速五百六十キロで加圧水型軽水炉の格納容器(直径約四十メートル、厚さ約一メートルのコンクリート製)に衝突したケースをコンピューター解析。旅客機の幅は五十メートルと格納容器より大きいため衝突エネルギーは格納容器に集中せず、壁の破損で済むという。
NEIは「米国の原発は物理的に安全な水準と考えられる。それと原発は高層ビルよりかなり小さいため、実際に航空機を衝突させることも至難の業」と説明する。
一方、欧州では設計段階で航空機墜落対策を講じている国が多い。ドイツでは一九七三年以降に建設された原発について、F4ファントム戦闘機が時速七百七十キロで衝突しても耐えられる設計を施している。ファントムは旅客機より軽いが、断面積は小さいため、逆に単位面積当たりの衝撃荷重は大きくなる。そのため電力業界は「大型旅客機が墜落しても、原発が全壊するような事態は想定しにくい」とみる。
スイスも国内五基のうち比較的新しいゲスゲン原発とライプシュタット原発の二基についてはボーイング707型機の衝突を考慮して設計済みという。
日本では、青森県の六ケ所村再処理工場だけはファントムをコンクリート壁に衝突させる世界唯一の実験をして設計に反映させている。県内に三沢基地を抱え、約十キロ離れた場所で対地射爆撃訓練もしているためで、米国のサンディア国立研究所に委託して実施した。
ただ、9・11テロでは航空燃料による高熱火災が世界貿易センタービル倒壊の主因になったともいわれる。各国の原発は世代によって航空機衝突時の設計考慮の有無が異なっており、古い原発を中心に安全性向上の対策が急務となっている。
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フランス国会科学技術性能評価委員会委員長
クロード・ビロー氏
「高レベル放射性廃棄物の最終処分の問題は、候補地を募る形で円満に解決したい」と語るビロー氏
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■ 原発の安全策を見直し ■ |
フランスの原子力政策についての国会審議で中心的な役割を果たす科学技術性能評価委員会委員長のクロード・ビロー氏に、テロ対策など原発を取り巻く課題を聞いた。
―原子力関連施設の警戒が非常に厳しくないですか。
原発や再処理工場などの安全対策が明らかに強化され、関連する規則も厳格にした。既にすべての省庁で対策を協議し、原発が持つ潜在的な弱点をすべて洗い直している。ただ、テロのターゲットになっては困るから、どこを強化したかなど、具体的なことは明かせない。
―ドイツはテロの危険を原発全廃を進める理由の一つにしています。
ドイツはまだこれから二十年、三十年先にやめていこうという話。だから、その理由はあまり意味を持たないのでは。それと、それだけの時間がたてば原子力政策自体が変わる可能性もある。実際、スウェーデンが一九八〇年の国民投票で原発全廃を決め、二〇〇〇年までの廃止目標を掲げたが、廃止できたのは一基だけ。今では廃止目標さえ設けていない。
―フランスは原子力比率が75%と極めて高く、政府も今後十数年間は原発新設の必要がないとしていますね。
私も今後の原子力のあり方について、政府が今年前半に開くエネルギー全国討論会を通して国民意見を反映しながら位置づけることに賛成している。原発の発電容量はどれぐらいが適切なのか、原発をいつ造るべきか、といった点が論議される。
原発は電力自由化の下でも一番安い電源であることに変わりなく、いつかは新設が必要になる。それを決めるのは新世代の原子炉の経済性と既存の原発の寿命だ。その点について私は国会に出すレポートを作成中だ。
―エネルギーを考えるうえで地球温暖化防止も課題ですね。
京都議定書で約束した温室効果ガスの削減は、政府の努力が最も求められる分野だ。私はこの件に関しても以前、同僚議員とレポートを作成したことがあり、二〇一〇年の需要予測などを勘案すれば、もはや原子力に頼るだけでは削減できないと考えている。風力や太陽光などの再生可能エネルギーを相当増やさないといけない。そうした多様な取り組みも必要だ。
―高レベル放射性廃棄物の最終処分という難題もあります。
二〇〇六年には国会で処分方法や候補地などについて方針を決める。どこで最終処分するかが一番難しい問題だが、政府が指定するのではなく、候補地を募る形で円満に解決したい。放射性廃棄物の問題が片付かなければ、フランスが今後とも原子力を推進していくうえで国民の理解も進まないからだ。
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ラ・アーグ再処理工場の出入り口。フェンスの間には高圧電流が流れ、テロリストの侵入を防いでいる(フランス)
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スリーマイルアイランド原発に通じる橋。警備員はテロ対策のため写真撮影禁止だ(米国ペンシルベニア州)
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《原子力発電所の構造》
日本の原子炉は多重構造となっている。一般の沸騰水型軽水炉では内部から順に、まず核燃料が金属製の管に入れられ、鋼鉄製で厚さ16センチの原子炉圧力容器に収められている。これを鋼鉄製の厚さ4センチの格納容器で囲み、その外側に厚さ2メートルのコンクリート製格納容器遮へい壁がある。さらに全体が厚さ約1メートルのコンクリート製原子炉建屋で覆われている。原子炉上部の床もコンクリート製で約2メートルある。加圧水型軽水炉の場合も基本的に大差はない。
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