中国新聞
2003.10.27

地域の宝
   取り戻そう
 「里海 いま・みらい」  8.海を身近に

 ◆◇ 環境回復への模索 ◇◆
産学官連携 漁業資源再生産 技術の複合化研究

 


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貧酸素水塊解消のための水流発生装置が設置された御前浜周辺海域。ブイの下で装置が動いている(18日、兵庫県西宮市)

<貧酸素水塊>海水中の酸素が極端に減る現象で、魚介類の生存を脅かすケースもある。植物性プランクトンの死がいなど海底の有機汚泥をバクテリアが分解する際、多量の酸素を消費するために発生。気温が上がる7―9月、海水の上下のかくはんがなくなり、底層でより深刻化する。


  産学官連携

水質浄化へ技術結集

 特定非営利活動法人(NPO法人)「大阪湾研究センター」(大阪市)は8月、埋め立て地に囲まれた兵庫県西宮市の御前浜周辺海域で水質浄化の実験を始めた。同センターは海洋関係の研究者や企業の実務者らが設立。産学官連携による環境修復を目指す。

 御前浜は、阪神地区でも数少ない砂浜が広がり、マリンスポーツを楽しむ人でにぎわう。しかし、沖合の埋め立てで海が狭まり、まるで運河のよう。小さな閉鎖性海域となり、海流が滞って砂浜も細り、水質など環境も悪化した。大阪湾では同様の閉鎖性海域が相次いで出現している。

 実験では、水流発生装置を海中に入れ、貧酸素水塊の解消を目指す。動力源は風力発電と太陽光発電。「自然エネルギーを環境に還元する」とのコンセプトも掲げる。炭素繊維や砂、製鉄副産物のスラグが入った浄化槽で有機物などを付着、除去する水質浄化船での実験も進めている。

 「失われた環境の再生には産業や研究分野の連携が不可欠。技術をどう組み合わせ、瀬戸内海の各海域に合った再生策をいかに探るか、今回はその一例でもある」。同センター理事で、産業技術総合研究所中国センター(呉市)総括研究員の上嶋英機さん(59)は、海洋環境産業創出の重要性も説く。

 実験は、研究センターや大学、企業などの共同作業。水流発生装置や浄化船などは企業が開発した技術を使っている。

 上嶋さんは「これだけ海を痛めつけておいて、今さら何が環境修復か、との声もある。それでも昔ながらの海にしたい。今、手を打たないと」。そして大前提として「まずは保全。それを見失ってはいけない」と訴える。

 


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実験水槽で、アマモの成長具合を確認する寺脇さん(1日、広島県大野町の瀬戸内海区水産研究所)

  漁業資源再生産

藻場造成の条件を探る

 瀬戸内海区水産研究所(広島県大野町)の野外実験水槽(容量2トン)。海水を引き込んで循環させ、アマモを茂らせただけの環境で、2センチのトコブシが1年で4センチに、6センチのアワビが8センチに育った。

 「天然物や栽培物に比べれば、成長は遅い。でも、えさを与えなくても自然にこれだけ成長するんです」と、藻場・干潟環境研究室室長の寺脇利信さん(47)。引き込んだ海水の砂をろ過し、底に堆積(たいせき)しないよう工夫した結果で、トコブシやアワビの餌になるテングサも付いた。漁業資源の再生産に果たす藻場の役割の一端を示した。

 水槽での実験は、継続的な観察を通じて藻が生育する環境や条件を探るのが目的。「育つにはそれだけの条件がある。むやみに移植したり、種をまいたりしても仕方ない」。20年に及ぶ研究の一つの到達点は、自然の環境を生かす視点だ。

 その最低条件を満たすには水質改善と、藻場と連続する干潟、磯浜など浅場の回復を必要とする。条件が整えば「自然に育つ力はある。移植などは補完にとどめるべき」。生育する条件をより詳しく解明し、その環境、条件に近づけるかどうか、研究を続ける。

 藻場造成を組み込んだ水産庁の漁港整備の調査・設計ガイドラインづくりにも参画した。意見が反映された一例が、大分県臼杵市の泊ケ内漁港拡張事業。県の委託を受け水産庁の公益法人「水産土木建設技術センター」(東京都)が実施した。

 防波堤の新設に伴い、約4200平方メートルの藻場を造成。周囲を流れる藻の種子が付着しやすいよう、多様な水深が再現できる被覆ブロックなどを配置した。自然にクロメなどが繁茂し、整備終了から3年たった現在、もともとあった藻場の84%に回復。サザエやアワビなど漁業資源も増えている。モニタリングなど続け、今後の藻場再生に役立てられる計画である。

 


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国際エメックスセンターが研究する複合型環境修復の実験場(18日、兵庫県尼崎市の尼崎港)

  技術の複合化研究

最適な手法 提案へ

 閉鎖性海域の研究機関「国際エメックスセンター」(神戸市)などが、尼崎港で複合的な環境修復技術の研究を続けている。それぞれの海域環境に最適な技術の組み合わせ(ベストミックス)を探っており、海の潜在能力の回復を目指している。

 研究は、人工干潟▽いかだなど使った浮体式藻場▽直立護岸へ棚状に取り付け、海底に落ちる有機物をカットするエコシステム護岸▽海水浄化の原理の一つである「海洋の空(うつろ)」を生かした石積み閉鎖性干潟▽海水交換の影響を調べる流況制御(水理模型実験)―の5分野。2001年度から3年計画で進めている。

 同センターによると、人工の干潟では生物が増加、藻場ではワカメが繁殖していることが分かり、窒素の除去、水質改善などの効果も確認している。「水質汚濁が進んだ海でも、生物が定着する潜在力は残っている。逆に生物は生息の場を探している」と企画調査課課長補佐の北村竜介さん(40)。施設見学会に訪れる子どもたちにも説明している。

 成果は、「尼崎21世紀の森」構想に盛り込まれた水辺環境修復に技術提案する。