タイトル「ひろしま 都心のあした」
  パート 1  6つの遺伝子

    4.路面電車


「路面電車網」地図


LRT
「ライト・レール・トランジット」の頭文字。古びたチンチン電車のイメージから脱皮し、まちづくりや景観ごと都市空間を一新するおしゃれで快適、快速の路面電車。クルマ社会が極限まで進んだ米国が発祥の地で、石油の枯渇や排ガス、渋滞などの資源・環境問題を背景に、1980年代から次々と路面電車が復活。ドイツ、フランスなど欧州にも広がり、LRT導入が都市交通の主軸として脚光を浴びている。

 ■人に優しいまち後押し

 年の瀬、広島市内を走る被爆電車四両のうち「654」号の車内に、乗客の含み笑いが広がっていた。

 「次ゃあ、原爆ドーム前ですけぇの」「もちぃと先で、電車は左へ曲がりますけぇ…」

 広島弁まるだしの車内アナウンス。地元中国放送の番組宣伝で、父も電車の運転士だったアナウンサー煙石博さん(57)が吹き込んだ。
写真「グリーンリムーバー」
LRT化をめざす広電が1999年から導入した超低床のグリーンムーバー。国産化を急いでいる

 「ありゃあ面白い」「今日も走るん?」。思わぬ好評に、一週限りのはずの放送は大みそかまでの一カ月間に延びた。

庶民の乗り物

 「路面電車はまちなかを縫う、庶民の乗り物でしょ。コミュニティー感覚というか、街の空気も一緒に運ぶ。だから広島弁が似合う」。同市中区の会社員二文字勝美さん(53)は、市民グループ「路面電車を考える会」の代表世話人を務める。

 大正時代から、市内を走り続けて九十年余り。宮島線(鉄道)を除いて七路線、計一八・八キロの軌道網を巡らせている。戦後、クルマ社会の荒波をくぐり抜け、年間約四千万人の乗降客数は日本一を誇る。

 「広島は半径二・五キロの円の街だから、直線的な鉄道には合わない。ほどよい人口規模も中量輸送の路面電車向き。だから生き残った」と広島電鉄の大田哲哉社長(63)。戦前に六十七都市を数えた路面電車の街は今、十九都市に減った。

 「日本の路面電車のルネサンス(再生)は、広島から扉を開きたい」。大田社長は、次世代のLRT(軽快電車)交通システム実現を見据える。

欧米を目標に

 目標の一つは、欧米の都市で進み始めたトランジットモール化。マイカー流入を抑えて路面電車やバスなど公共交通を優先し、人間中心の市街地をつくる手法だ。電車優先の交通信号の拡充、高速で超低床の車両や電停のバリアフリー化なども併せ、「高速性」「定時性」「快適性」「輸送力」の刷新を目指す。

 取り組みは、昨年の日本鉄道賞特別賞とバリアフリー化推進功労者表彰のダブル受賞として評価された。JR駅前や旅客船ターミナルの結節点わきに電停を移し、雨よけの屋根も設けた接続性の向上と、ドイツ製の超低床車両グリーンムーバー導入などが評価された。さらに超低床車両の初の国産化に向け、開発を急いでいる。

 「路面電車を考える会」の二文字さんも、広電の変身ぶりを肌身で感じている。「電停の乗り換え案内も分かりやすくなった。鍵は、電車に乗る側、使う側の視点にどれだけ敏感になれるかだ」

「公共」を意識

 一方で「市民の側も、公共意識の成熟が求められている」とも。マイカー規制ひとつ考えても「個人の我慢が、豊かなまちを生む」といった合意が要るからだ。

 路面電車を考えることは、まちづくりを考えること―。電車が走る国内外の都市で見聞を広め、ホームページなどで市民に伝えてきた会員たち。会名に「まちづくり」を盛り込んだらどうかと、真剣に議論し始めている。

2004.1.8