■交通網拡大へ試験運航
白い小型ボートが、モスグリーンの川面に白波を立てる。船上の親子連れが手を振り、橋を歩く人も手を振って返す。桜ほころぶ川辺が笑顔に包まれた。
広島市中区、京橋川右岸で、雁木(がんぎ)を桟橋代わりに利用する「雁木タクシー」。都心部で「生活の足」となる水上交通を広げようと、遊覧船の元船長大西明さん(60)=広島県府中町=たちが二十七日から試験運航を始めた。
干満差ネック
大西さんが操船し、陸で待機する補助員が、接岸時に綱を取り、乗客を乗り降りさせる。十五分、五百円で設定した初日は七十四人が利用。その後も問い合わせが続く。
河口の広島港での干満差は、大潮の日は四メートルを超す。船によっては満潮時に橋下をくぐれず、引き潮を見誤ると川底に乗り上げる。この潮位の変化が、事業者の参入意欲をそいできた。桟橋を設けると漁業補償の必要が出たり、料金面で地上の交通網とも競合したりするからだ。
都心の遊覧船では一九八九年、市出資の第三セクター「広島リバークルーズ」が元安川と本川で運航を始めた。年間七万人を見込んだ利用者は、ピーク時でも四万人。船購入や桟橋設置など初期投資が響き、二〇〇二年二月で幕を下ろした。
五カ月後、引き継いだのがアクアネット広島(中区、内方幸政社長)だ。三セクから船を買い、桟橋は賃借して初期投資を抑えた。スタッフは八人。内方さん(53)も船長としてかじを握る。
スタートから一年半で三万二千人が乗った。採算ラインの年間二万人すれすれ。内方さんは「振るわんねえ。縦横無尽に走るためもっと小さい船を買いたいが、需要が見込めん。先立つものもない」ともどかしげだ。
街の表情変化
遊覧船の苦戦が続く中、桟橋設置の必要がない雁木が注目を浴びている。江戸期から運搬や移動に使われてきた雁木は、太田川下流域に約二百九十カ所。これを活用する水上交通ネットワークづくりが、市の「水の都ひろしま」構想に盛り込まれた。だが安全性や、雁木ごとに綱取りの補助員を配置しなければならない問題点も浮上した。
行政の動きとは別に、雁木の保存調査を続けていた地域計画プランナー氏原睦子さん(37)=東区=が、大西さんと三年前に出会う。二人は雁木タクシーを思い立った。
大西さんは広島リバークルーズで八年間、船長を務めた。川から見る街並みは、天気や時間、干満によって表情を変える。小回りの利くコースでその魅力を堪能したいとの乗客の要望が忘れられない。「誰かがやらないと、火が消える。趣味でも続ける」と言い切る。
当面は三十〜四十分の遊覧コース(一人千円)や、ホテルと提携したブライダル企画などを続けながら展望を探る。
江戸時代から、広島の川と舟の関係は深かった。厳島神社の管絃祭に出る御供船を一目見ようとする人で、京橋(中区)が崩れたとの記録もある。技術、施設、採算…。舟運復活への波は高いが、大西さんたちの思いは熱い。
2004.3.31
|