社説・天風録
(社説)核軍縮 希望を失わずに進もう '05/8/2

 被爆者が「絶対悪」と呼ぶ核兵器の廃絶へ向かう道のりは、冷戦後にかえって遠くなったようだ。米国ニューヨークの国連本部で五月にあった核拡散防止条約(NPT)の再検討会議は、実質的な合意文書をまとめられなかった。テロリストに核兵器が渡る危険も増している。しかしヒロシマが希望を失えば世界の破滅にもつながりかねない。無力感を乗り越え未来を見詰めたい。

 「根拠のない危険な安心感」。広島市で七月末にあったパグウォッシュ会議の「広島宣言」は、国際社会の現状をこう表現した。十年前にやはり広島で会議を開いて以後、チャンスはあっても核軍縮が進まなかった過去を「失われた十年」と呼ぶメンバーもいた。そうした点を踏まえ核兵器禁止条約の締結を訴える宣言からは、科学者の責任として世界に警鐘を鳴らそうとする、やむにやまれぬ思いが伝わる。

 世界はこの十年、危険な道をたどってきた。一九九八年にはインドとパキスタンが相次いで核実験を強行。パキスタンのカーン博士が核兵器開発技術を中東や北朝鮮などの「核の闇市場」に流していたことも明るみに出た。最近では北朝鮮が核兵器保有を明言し、米国などとの交渉の道具にさえしている。

 それ以上に危険を感じさせるのは米ブッシュ政権の「一国主義」である。小型核兵器の研究や開発を目指し、五年前の再検討会議で合意した「核兵器廃絶への明確な約束」は「歴史上の文書」と言ってはばからない。イランや北朝鮮の核開発には厳しく臨んでもイスラエルなどの核兵器は容認する。自国に従わない国とは協調しない「ダブルスタンダード」が改まる気配はない。

 世界で唯一の被爆国である日本の政府の動きももどかしい。包括的核実験禁止条約の早期発効へ米国を説得するなど努力はした。しかし、自国を米国の「核の傘」に守られながらの活動では、多くの国の支持は得られまい。平和な世界の実現へリーダーシップを発揮するためにも、冷戦の名残ともいえる核の傘政策の見直しを考える時期ではないか。

 米国への反発などで成果のなかった再検討会議だが、「五年ごとの見直し」まで消えてはいない。五カ国にだけ核兵器保有を認める不平等条約であるにせよ、世界の大半の国が核軍縮を話し合う唯一の場である。五年後には前に進むと信じ、次のステップを目指したい。

 その意味でも、今月四日から始まる「平和市長会議」の総会など、自治体や非政府組織(NGO)の活動が途切れないのはうれしい。一方、カザフスタンやキルギスなど旧ソ連を構成していた中央アジア五カ国は、九月の国連総会までに非核地帯条約の調印を目指す。地道に協議を重ね、世界で五番目の非核地帯が誕生することを喜びたい。

 共同通信社とAP通信社が日米両国で実施した世論調査も注目される。核兵器を使った先制攻撃を「将来も正当化されるようになるとは思われない」とする回答が日本で82%、米国でさえ半数を大きく超える69%を占めた。米国政府にブレーキをかけ、軍縮に取り組む姿勢への転換につながる期待が持てる。米国世論に訴え続ける必要がある。

 パグウォッシュ会議で、米スタンフォード大国際問題研究所のリン・イーデン教授が「一人でも多くの米国人に、広島を訪れるよう働きかけたい」と述べたのが今も耳に残る。被爆者たちが長年にわたり呼びかけ続ける広島訪問が、今も大切なことを如実に示した情景だった。ヒロシマの使命は重要さを増している。


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