アジア諸国へ多大な損害と苦痛を与えた痛切な反省と心からのおわびを表明した村山富市首相談話が出て十五日で十年。この間、日本へのアジア諸国の信頼感は増したのだろうか。小泉純一郎首相の靖国神社参拝などで「言行不一致」と中国や韓国が反発を強めている現状に照らすと、逆戻りしている感さえする。
被爆地ヒロシマはアジア侵略の軍事基地として、被害と加害の二面性を持つ。それだけにアジアと日本の真の和解へ、対米一辺倒でアジア軽視が目立つ政府に警鐘を鳴らしていく責務を負う。
足元から日常的にアジアの人々との信頼関係を積み上げていく試みも大切だ。そうした取り組みの一つに財団法人「熊平奨学会」がある。広島市南区の熊平製作所などの株式を所有して一九八四年に発足した。毎年、その配当金を基に海外からの留学生約五十人に一年間毎月七万円を支給している。
支給延べ人数は本年度で千四十七人と大台を超えた。中国が六百五十五人で最も多く、韓国百三十三人、台湾九十四人と続く。広島県内の大学に通う留学生は、昨年十一月現在で約千六百四十人。このうち中国からが約千六十人で、国別の奨学生数は全体の国別人数の比率にほぼ見合った形になっている。
同社は金庫メーカーとして戦前、朝鮮半島と旧満州(中国東北部)に工場進出していた。現在は香港に関連会社を持っているが、中韓両国には現地資本による代理店があるだけだ。地味ながら企業の枠を超えた国際貢献になっている。
中韓との相互理解の重要性はいうまでもないが、東南アジア諸国ではシンガポールの動向も気になる。日本企業が多数進出し、日本人客が多数詰めかける観光地として日本経済の影響力は極めて大きい。一方で戦前に旧日本軍が占領し、華僑を虐殺した地でもあるからだ。
この五月にはリー・シェンロン首相が靖国参拝の継続を示唆するかのような小泉首相発言を強く批判し、中止を求めた。同国トップが靖国参拝を明確に批判したのは珍しく、東南アジア諸国でも不快感が強いことを裏付けた−と報道された。
村山首相談話が出る前年まで三年間、初代のシンガポール広島事務所長を務めた広島県職員の橋本康男さん(51)。帰国後も広島シンガポール協会などを通して若い人たちに「日本体験」をしてもらうつなぎ役を果たしてきた。
所長時代を含めてこれまでに現地の国立大、高専の学生延べ約六百人をいざなって一週間程度のホームステイなどを経験させている。旅費を自己負担してもらっているのが特徴という。
橋本さんは折に触れて、現地で親しくなった人の忠告を思い出す。「日本人は歴史を知らず、しかも忘れやすい」「日本企業は賃金について水準の低いシンガポールに合わせる一方で、休暇制度については日本で普及しておらず実施は無理と、使い分けをする」
橋本さんは日本の身勝手さ、未成熟さを指摘されているように思えてならなかった。もちろん日本に親しみを感じている人もいる。だが小泉首相の動向などを見て「日本はこのままだと何をするか分からない」といった不安感は消えてはいない。
空前の惨禍を被ったヒロシマは、争いをなくすには国を超えて人々の気持ちが一つにならなければと感じている。「8・6」にとどまらず、アジアの多くの人と、暮らしの場からふれあいの輪を広げ、語らいを深めていくことが課題になる。
    
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