社説・天風録
(社説)平和学習 命の重さ実感こそ大切 '05/8/5

 被爆の惨状と平和の尊さを演劇で訴え続ける高校生たちがいる。広島市立舟入高の演劇部。原爆をテーマにした創作、公演活動に取り組んで三十六年目の夏を迎えた。全国大会で最優秀賞を受賞したこともある同校の取り組みは、被爆地広島の学校の中でも異彩を放つ。

 最新作は「夏の伝言」。爆心地から四百六十メートル、袋町小の平和資料館に残る「伝言の壁」を題材にした。伝えることの難しさと大切さを一時間の作品にし、平和学習の集いなどで公演している。

 「テーマ選びは毎回白紙。原爆には固執しないでいい」。これが先輩から後輩への申し送りという。それでも、途切れることなく原爆と平和に向き合ってきた。家族、進路、自分探し…。視野を広げてみても、行き着く先は同じだった。

 だが、被爆から六十年という時の流れは重い。被爆者の平均年齢が七十三歳を超え被爆三世の時代を迎える今、被爆の実相と体験の継承は言葉で言うほど簡単ではない。教育現場でも、被爆者からじかに体験を聞く機会が減り、自身の被爆体験を語れる教師も定年で学校を去った。教える教師も、学ぶ児童・生徒も手探りの時代を迎えたのである。

 舟入高演劇部も例外ではない。顧問になって八年目の黒瀬貴之教諭(41)も、被爆の惨状にどう向き合うか苦闘している。「知ったつもりになるのはやめて、謙虚に学ぼう」。生徒への指導方針は、自戒の言葉でもある。

 その上で被爆体験を単なる知識や遠い歴史の事実として終わらせないような工夫も続けている。「夏の伝言」では、携帯電話でのやりとりやいじめのエピソードを盛り込み、六十年前と今を重ね合わせた。鑑賞する児童・生徒に、被爆の惨禍を学ぶことが今の自分の命の重さを考えることにもつながることを知ってほしかった、という。

 国際感覚や人権感覚を被爆体験の継承に生かす取り組みもある。広陵高の一、二年生八人は広島への原爆投下機「エノラ・ゲイ」が発進した北マリアナ諸島テニアン島(米自治領)を訪れ、きょう姉妹校のテニアン中高の生徒と平和会議を開く。秋には修学旅行も予定している。

 こうした意欲的な取り組みの一方で、気がかりな事実も出始めた。広島市教委が市内の児童・生徒約二千五百人を対象に実施した平和に関する意識調査によると、原爆が広島に投下された年などを問う基礎知識の正答率が、被爆五十年の一九九五年から五年の間に、小学生で20ポイント落ちて四割台に、中学生も10ポイントも下がって七割になっていた。

 これらの結果に危機感を強めた市教委は今年五月、市内の小、中、高校などに六日の原爆の日を中心にした平和教育指導の充実を求める通知を出した。

 広島県内では、平和教育の環境にも変化が見られる。元被爆教師や研究者らでつくる広島平和教育研究所は、昨年の県内調査を基に「平和教育に関する年間カリキュラムを作成している小・中学校が激減している」と指摘。七年前の文部省(当時)の「是正指導」に基づく県教委の平和教育への熱意の後退―を要因に挙げる。

 確かに県教委が発行する教育資料の平和教育の項目は本年度、七年前の四ページから一ページに減り、原爆の日への対応指導のページも消えている。

 無差別テロに殺人、自殺。人の命があまりにも軽んじられる時代。平和教育も惨禍を原点にしつつ、子どもたちが命の重さを実感できる取り組みがより重要になっている。


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