社説・天風録
(天風録)トンボが消えた日 '06/7/27

懐かしい舞台と再会した。先日、東京都内で上演された朗読劇「トンボが消えた日」。広島、長崎の被爆者の証言を基に構成され、応募したアジアや米国、欧州の留学生など外国人八人が演じた。素朴だが胸に突き刺さる劇である▲「再会」としたのは、被爆五十年の十一年前、初演の際に、練習時からじっくり取材したことがあるからだ。しばらく休演し、今年本格復活した。この劇の妙味は多国籍の人たちが演じるという点。歴史観も文化も生活環境も違う。当然、衝突が起こる▲初演時は大変だった。原爆投下は正当と信じる中国、韓国の出演者は、脚本に反発。何度もスタッフら全員と本音の激論を重ねた。それでも投げ出さず、反核平和のメッセージを舞台で伝えたのを見て、大きな感動を覚えた記憶がある▲今回の舞台でも、中国人女性は「南京大虐殺」をせりふの中に入れるようにこだわった。一方、チェルノブイリ原発近くに住むウクライナ人男性は、郷里に思いをはせ、本番中、つたない日本語で涙を流しながら読んだ▲単なる原爆劇を超えているのだろう。さまざまな価値観、平和観を持つ出演者が議論し、考え、悩み、ひとつの舞台に凝縮させる。主宰する中村里美さんは「加害・被害を超え、国を超え、ひとりの人間として舞台に立ってほしい」と願う▲広島では過去一度上演されたことがある。ぜひもう一度実現してほしい。この劇は、被爆地で上演してこそ、より意味があると思う。

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