社説・天風録
(天風録)ある平和教育 '06/8/3

「不良老人と家族に言われるけど、不老良人だと突っ張ってます」。七十六歳になる高校時代の恩師から、久しぶりに便りを頂いた。平和学習の手伝いを再開したという▲岐阜県中津川市に住む西尾禎郎さん。大学卒業後、広島市内の私立中・高校に着任。ほぼ四十年にわたり世界史などを教える傍ら、被爆者の体験を聞き、平和学習で訪れる人々と交流した。パラオや中国で核兵器廃絶について語り合ったこともある▲定年を機に古里へ戻り「もういいだろう」と平和運動から遠ざかった。それが昨年、愛知県内の大学の教員に誘われ、北イタリアであった社会問題について話し合うセミナーに出席して思いが一変した▲参加していた日本の大学生たちは原爆をよく知らなかった。「ピカドン」や「ハチロク」などの言葉が、注釈なしでは伝わらない。体験継承が危ぶまれているとはいえ現状はあまりに寂しい▲西尾さんが人生の多くを過ごした地を振り返り「私はヒロシマに呼ばれたんだった」との思いをよみがえらせたのも当然だろう。若者と話す機会を積極的に持つようになった。教材用に百ページ余りの冊子まで作る熱の入れようである▲「少し休んだんだ。働きなさい」と、せつかれているようだと言う。手弁当で出かけて、これまで耳にしてきた被爆者たちの声を届けたいと願う。定年を控えた団塊の世代として、勉強になる生き方である。何歳になっても恩師にかなわない。

MenuTopBackNextLast