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【天風録】五感に刻む '08/8/7
原爆ドームの真下に、取材の許可を得て入ったことがある。はがれ落ちたれんが壁の破片が、足元でザリザリと音を立てた。死没者の骨を土足で踏んでしまったような罪悪感。靴底のあの感触が、ドームを見るたびによみがえる▲広島市長の平和宣言では、ヒロシマの思いを「被爆者の哲学」と強調した。「熱い」と叫ぶ間もなく非業の死を余儀なくされた人々、心にも傷を抱えて生きる被爆者。戦後生まれの私たちが、どうやって、わが痛みにできるか。命に対する感受性を研ぎ澄ますほかない▲五感を開く自然学習のゲームに、一本の木との会話を楽しむ体験プログラムがある。目を閉じて、木肌の凹凸をさすり、葉音に神経を集中させる。落ち葉をもみ、かぐ。そうやって友達になった木は、森の中で光って見えるほど心に残る▲ドーム前で今年もあったダイイン。目をつむり、口を閉じて横たわると、辺りの気配に敏感になる。皮膚に届く日差しで分かる雲行き、他人の息遣い、背中越しに響く路面電車の走行音▲「靴は履かない。ここは慰霊の地だから」。訪れた平和記念公園で、はだしになった南アフリカ共和国の少女がいたという。そんな感覚を普段、私たちは忘れてしまいがちになる。泉下の声に五感を働かせ、心の扉を開き続けたい。


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