原爆資料館(広島市中区)で開催している特別展「被爆建造物は語る」の会場を三十一日、広島城の一角にあった中国軍管区司令部から広島壊滅の一報を伝えた岡ヨシエさん(77)=中区=が訪れた。自分がいた司令部の被爆後の写真を前に、当時の記憶をたどった。(岩成俊策)
「あの恐ろしさを、鮮明に思い出しました」。がれきと化したコンクリート建物、折れ曲がった鉄骨…。かつての学徒動員先の写真を前に、岡さんは、しばらく沈痛な面持ちだった。
当時は比治山高等女学校(現比治山女子高)の三年。学徒動員され、友人たちと司令部で詰めた。原爆投下時は半地下の作戦室にいて無事だったが、外に出ると、見渡す限りのがれき。引き返して福山市の連隊に惨状を伝えた。
十年前から司令部跡の前で中高生らに記憶を語る。水を求めて堀に落ちた級友たち、黒こげになった兵士―。目の当たりにした惨状を若い世代に再現してきた。この日、会場を訪れたことで、「これからも恐ろしさを伝えていくために、勇気づけられた」と岡さん。命を落とした同級生たちの供養のためにも、語り続けていく決意を新たにしていた。
特別展は、広島市内の被爆建物の歴史などを通じて被害の大きさを紹介している。十二月十五日まで。
【写真説明】被爆後の司令部の写真の前で、体験を語る岡さん(原爆資料館)
    
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