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『平和』をテーマにした自画像デッサン(基町高創造表現コース、広島市中区)

「戦争で亡くなった人の冥福を祈りながら、明るい未来に希望を込めた」。森田菜摘さん(17)は焼け野原が広がる中、ろうそくを持つ自分の姿を描きました。田中恵美さん(18)は「平和のためにできることは何だろう」と考える自分にしました。

この自画像は、6年前のコース一期生から描いています。できあがった作品には平和を意識したものが自然と出てきたため、三期生からテーマに据えることにしました。

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ジュニアライター(左から3人目)に作品を解説する基町高の生徒

制作は、戦争に関する映画や本を調べ、おじいさんやおばあさんに戦争体験の聞き取りをすることから始めます。デザイン案を考え、何度もやり直しをして、イメージが固まったら、B1サイズ(103cm × 72.8cm)のパネルに約1カ月かけて描きます。

おじいさんたちから「戦争中は少しも自由がなかった」と聞いた叶丸恵理さん(17)は「自由で何げない行動ができることに、もっと感謝しないといけない」と気付き、深呼吸する姿にしました。

「絵を見た人に、平和って何だろうと考えてほしい」というのが、みんなの願いです。完成した作品は8月に中区で開く展覧会の後に、解説文とあわせて冊子にまとめます。(中2・坂田悠綺)

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田中さん自画像
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叶丸さん自画像
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森田さん自画像

23年間描き続けている原爆ドームの水彩画=原広司さん(75)(広島市安芸区)

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原爆ドームの水彩画を描く原さん(撮影・中1 今野麗花)

「ヒロシマを語る会」をつくった1984年から描き続け、23年で1,950枚ほどを完成させました。被爆体験を話した小中学校などにあげています。

色紙に失敗の許されないボールペンでスケッチします。「ドームは、人間と核兵器が一緒には生きていけないことを訴えている」といい、そのドームを緊張感を持って描くためです。

水性絵の具で、優しい色をつけます。原爆投下翌日に広島市に入り、黒こげの死体や赤茶けた廃虚を見た経験から「自然と優しい色を選ぶのかも」といいます。

2002年に大腸がん、翌年には悪性リンパ腫(しゅ)で入院しました。それでも描き続けられるのは「ドームに生きる力をもらっているから」。「自分にはドームの願いを次の世代に伝える役目があります」。絵は今年の8月6日までに2,000枚にする予定です。(中1・今野麗花)

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500枚目の絵。原爆ドームの世界遺産登録が決まった日と重なった

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2004年に1,500枚に到達した

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原爆ドームの南東で進むマンション建設に抗議の意を込めた


壁画「明日の神話」=岡本太郎作

日本を代表する芸術家、岡本太郎(1911―96年)の代表作で、原爆をテーマにした縦5.5m、横30mの巨大壁画です。現在、東京都現代美術館で展示されています。

壁画はメキシコで1968年から2年がかりで制作されましたが、行方不明になっていました。2003年に発見されて、日本で修復されました。所有する岡本太郎記念現代芸術振興財団は、自治体など公的機関に譲渡する方針です。

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岡本太郎「明日の神話」(撮影・桐田和雄)

広島では誘致を目指す市民の活動が活発です。昨年発足した「明日の神話」広島誘致会は5月22日、27,503人分の署名を添えて広島市長に誘致促進を求めました。同会の石丸良道事務局長は「平和都市広島にふさわしい壁画。署名集めやPR活動を、さらに盛り上げたい」と話しています。


米国の画家との共同制作作品=被爆二世の現代美術作家田中勝さん(37)(広島市西区)

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左:田中勝さん
右:ベッツィ・ミラー・キュウズさん

父親が米国の原爆製造計画にかかわったベッツィ・ミラー・キュウズさん(62)と1999年から合作をしています。「平和の新世紀」プロジェクトと呼んでいます。

撮った写真に、ベッツィさんの絵を一体化。人類が対立の歴史を乗り越え、一つになって平和を創造できることを作品で表しています。米中枢同時テロ後の米国をイメージした「Mother」や、平和記念公園を題材にした「白い雨」など、これまでに63点を制作しました。

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「Mother」
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「白い雨」
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「JSA-03」

原爆をテーマにした油絵=画家瀬古正勝さん(65)(広島市西区)

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瀬古正勝さん

「被爆瓦」は、戦後に自宅の庭から実際に出てきた瓦を描いています。溶けて、いびつな形に固まった瓦が、原爆の熱のすさまじさを物語ります。バックには原爆ドームと原爆の子の像、羽ばたく折り鶴を描きました。二度と悲劇が繰り返されないように、という願いを込めています。

原爆投下時は3歳。現在の安芸高田市に疎開をしていましたが「広島からたくさんのけが人が運ばれてきたことは、今でも鮮明に思い出すことができます」と語ります。

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「被爆瓦」

原爆をテーマにした油絵=画家白井史朗さん(73)(広島市安佐南区)

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白井史朗さん

「広島平和美術展」第2回(1956年)から50年間続けて原爆、平和をテーマにした絵を出品しています。昨年の作品「この叫びどこまで届くの」は、黒い雨に打たれながら、原爆で家族を亡くして悲しむ三つの魂をイメージして描きました。

疎開先の廿日市市で見たきのこ雲や、兄が被爆してやけどを負ったことなどが、創作の原動力になっています。

「幼い心にも分かりやすく伝えたい」と、89年には絵本「ミヨちゃんの笛」も出版しました。原爆で死んでしまう猿と、少女の交流の物語です。原画を公民館に貸し出すなどして、原爆の悲惨さを訴えています。

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「この叫びどこまで届くの」

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絵本「ミヨちゃんの笛」の原画1

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絵本「ミヨちゃんの笛」の原画2


被爆者の肖像画=広島市立大芸術学部(広島市安佐南区)

過去3年間で学生や卒業生、教員らが60点を完成させました。特徴は、モデルの被爆時の記憶や、その後の人生を聞き取った説明文も一緒に展示していることです。

芸術学部の大矢英雄教授の作品「肖像No・56」の女性は、学徒動員の草取り作業の時に被爆しました。強い光の後に爆風で吹き飛ばされ、服が焼けこげてしまったことなどを生々しく振り返っています。

被爆二世や、三世の肖像画もあります。(説明文の年齢は制作当時)

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肖像No・1 永山優子作

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肖像No・12 今井良枝作

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肖像No・36 川本絵美作

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肖像No・56 大矢英雄作