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核廃絶の決意、原点示す パグウォッシュ広島会議<解説> '05/7/28

 原爆投下から六十年を迎える被爆地広島でのパグウォッシュ会議年次総会が、核兵器廃絶の願いを科学者が心に刻み直す「原点回帰」の機会となり、世界へ向けた「広島宣言」へと実を結んだ意義は大きい。今後は国際政治の場で、宣言を活用する取り組みが求められる。

 被爆地での開催は「失われた十年」(大西仁・組織委員長)を取り戻す試みだった。一九九五年に日本初の総会が広島市で開かれて十年。この間、東西冷戦終結で得た核軍縮の好機は消え、核保有国は増え、テロの脅威も現実となった。

 膨らむ危険とは裏腹に、世界には核戦争が遠のいたとみる「根拠のない安心感」(同)が漂う。核兵器の被害をあらためて実感することで、核兵器廃絶への決意を固める―。同一都市で二度目となる異例の広島開催の意義はその一点にあった。

 総会初日、参加した科学者四十四カ国約百七十人は、原爆慰霊碑に花をささげ、被爆者の証言を聞いた。そうしたプログラムに時間を割いた分、例年より休憩時間を削り、夕食を遅らせ、核軍縮や東アジアの安全保障、中東地域の非核化などのテーマを盛んに話し合った。

 総会直前に英国とエジプトで同時テロが発生。非公開のワーキンググループで、五十年前に人道主義を説いたラッセル・アインシュタイン宣言の精神はイスラム圏でも通用するのか―と踏み込んだ議論も重ねた。

 ただ、市民に公開された全体会議などへの地元参加者が少なかったのは惜しまれる。予算の都合で同時通訳のある会議が限られたのも一因だろう。しかし、被爆地の市民として、世界の知性に触れる機会をもっと積極的に生かしたかった。

 広島宣言は、ラッセル・アインシュタイン宣言の精神に立ち戻る大切さを呼び掛けている。原爆という科学技術の負の象徴を開発した科学者たちが、核兵器廃絶という「原点」に立ち戻って論議した意義は大きい。市民や政治家も交え、その原点を心に刻んで行動する契機にしたい。(岡田浩一)

 ■「広島宣言」全文

 パグウォッシュ評議会が二十七日、発表した広島宣言「ヒロシマ・ナガサキから60年」(全文)は次の通り。

 広島、長崎の両都市が核兵器によって破壊されてから六十周年にあたるこの年に、われわれは世界の政治指導者、科学者、市民に訴える。根拠のない危険な安心感にとらわれることなく、核兵器がかつてと同様に今なお国際社会全体に脅威をもたらしているという事実を直視しなければならない。

 前回パグウォッシュが一九九五年に広島で会議を開催して以来、いくつもの機会が失われ、核の脅威だけからみても、世界は明らかに安全でなくなった。この十年の間に、核兵器を保有する国は増え、実質的に意味のある核軍縮の成果もほとんど見られていない。むしろ新しいタイプの核兵器が提案され、その使用可能性に重きを置くような方向へと、軍事戦略が変更されつつある。

 あらゆる諸国が核拡散防止条約(NPT)を順守し、包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准し、核兵器用核分裂物資生産禁止(カットオフ)条約を締結するようわれわれは訴える。これらは核の脅威を低減させるための短期的な措置として重要である。また、さらに進んで次のことを認識するよう、われわれは核兵器国に呼び掛ける。核兵器禁止条約を締結することこそが、それぞれの安全を増進する最善の手段である。

 まず核兵器は非道徳的で違法な兵器であると、宣言されなくてはならない。そして核兵器が禁止され廃絶される以前においても、それが、軍事戦略上、重要なものとして位置付けられている現在の危険な状態を改め、さらに、戦略核、戦術核の双方を大幅に削減するための措置がとられなくてはならない。

 危険は明白である。重大な地域紛争が勃発(ぼっぱつ)すれば、核兵器の対峙(たいじ)状態はコントロール不能な段階にまでエスカレートするということが起こりうる。また、テロリストが核爆発装置によって破滅的な攻撃を行うという脅威から身を守りたいならば、過剰に蓄積された核分裂性物質をきちんと管理し、処分してしまわなくてはならない。テロリストの手に渡らないよう、高濃縮ウランを処分するための具体的な方策について、パグウォッシュは提言を行ってきた。そこで勧告されていることを迅速に行動に移すよう、われわれは各国政府に訴える。

 パグウォッシュ評議会は、ここ広島の爆心地近くに集い、世界の科学者たちと市民に呼び掛ける。核兵器は世界のいずれの地域においても、事前の警告なしに、いつでも使われうるのである。この脅威に立ち向かおうではないか。

 政治指導者と各国政府にわれわれが伝えたいメッセージは単純だが手厳しいものにならざるを得ない。核兵器が存在する限り、それはいつの日にか、使われるであろう。

 一九五五年のラッセル・アインシュタイン宣言にある「われわれは一人の人間として、人間に向かって訴える。他のことは忘れて、あなたが人間であることだけを思い出してほしい」という精神にのっとって行動しない限り、核による破滅を避けることはできないだろう。広島と長崎で起きたことは、断じて繰り返されてはならない。

【写真説明】パグウォッシュ会議年次総会の閉会式で「広島宣言」を読み上げるブートウェル博士


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