■核不拡散 日本は範示せ
十年ぶりに広島市で開かれた科学者らによるパグウォッシュ会議の第五十五回年次総会は二十七日、評議会名で「広島宣言」を発表して五日間の討議を終えた。会議創設の契機となった「ラッセル・アインシュタイン宣言」から五十年。その節目を迎えての被爆地での開催は、核拡散状況や核テロリズムの脅威の高まりの中で、参加者が「ヒロシマ」に直接触れることで一層切迫感をもって受け止められた。
▽「被爆者の派遣を」
そんな場面は全体会議の中でも、休憩時間の間にも随所に表れた。
原爆ビデオを観賞し、被爆体験に耳を傾けた後のパネル討議。米スタンフォード大国際問題研究所のリン・イーデン教授は準備した発表テーマを替えて、米国の核政策に触れ「それを支えているのは多くの米国人が核戦争の実態を知らないからだ」と自省を込めて述べた。そして帰国後は「一人でも多くの米国人に、広島を訪れるように働きかけたい」と言った。
会議の合間に話したエジプトやヨルダン、イスラエルなど中東諸国の参加者からは「被爆者を派遣してもらえないだろうか」との強い要請を受けた。原爆被害について学ぶだけでなく「憎しみを超え、和解と対話を訴えるヒロシマからのメッセージこそが、テロ行為などに誘惑されやすい若者たちに聞かせたいのだ」というのだ。
こうした反応が示すように被爆から六十年がすぎ、二十一世紀を迎えてもなお核時代の「原点」としての広島・長崎の果たす役割は大きい。逆に言えば、それだけ核状況をはじめ、地域紛争や飢餓、環境問題など国家や宗教の違いを超えた地球規模での解決が迫られているということだろう。
▽核テロの不安高まる
その危機意識は「世界の政治指導者、科学者、市民」への訴えとして、核問題だけに絞ってまとめた「広島宣言」によく表れている。特に、会議直前や会議中に起きたロンドンやエジプトでの同時テロは、参加者に核物質を利用したテロによる核攻撃が将来起こり得る懸念をいやが上にも高めた。
それは従来の国家対国家の枠組みで考えてきた「核抑止力」では解決できない問題だからだ。それどころか、核抑止力という考え方そのものを根本から変えない限り、核戦争の可能性はいうに及ばず、核拡散も核テロリズムも防止できないとの認識が、討議を通じて参加者の間に深まったといえるだろう。
宣言では、核不拡散や核物質がテロリストの手に渡らないために「核兵器用核分裂性物質生産禁止(カットオフ)条約」への締結や、過剰に蓄積された核物質の厳しい管理や処分を求めている。
会議では青森県六ケ所村の再処理工場の稼働延期を求める議論もなされた。二〇〇七年の本格稼働を目指すこの問題では、体調不良のために会議に参加できなかったロンドン大名誉教授でパグウォッシュ会議の創設者でもあるジョセフ・ロートブラット博士(核物理学)も、世界の平和団体の代表ら百八十人とともに「無期限延長」を求めて署名している。
▽求められる稼働延期
現在、日本には英仏の貯蔵分を含め四十トン以上のプルトニウムが蓄積されている。再処理工場が新たに本格稼働すれば、小型原爆千個分に相当する年間約八トンのプルトニウムが生み出される。
ロートブラット博士らは、日本の核武装に対してというより、核拡散への懸念から延期を求めているのだ。イランや北朝鮮に濃縮ウランとプルトニウムの製造を断念させようと国際社会が働きかけているときに、日本のプルトニウム生産だけは「安全で別格」という理屈はなかなか通じない。
核保有国からの参加者らは、自国の核軍縮への取り組みをはじめ、会議から多くの課題を背負った。「共通の課題解決に向けて力を合わせよう」というパグウォッシュ会議らしく、宣言では具体的な国名を挙げて批判したり、自制を求めたりはしていない。
しかし今、被爆国の日本が経済性や環境問題からではなく、核拡散防止のために「稼働延期」という形で国際社会に「模範」を示し得たなら、危険な岐路にある世界への具体的な貢献につながるのではないだろうか…。
少なくとも日本人の参加者は、核兵器廃絶に向けて道徳的リーダーシップを発揮するだけでなく、核不拡散のためにも再処理問題を日本の政治指導者や幅広い市民に問い掛ける課題を負ったといえるだろう。
    
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