中国新聞オンライン
中国新聞 購読・試読のお申し込み
サイト内検索
【天風録】原爆の絵日記 '08/8/5
真っ青な空に、白い飛行機雲を引いて飛来したB29。ぎらぎら光る機影を、校庭の木陰で手をかざして見ていた男の子たち。次の瞬間、目がくらみ、やがて世界が赤からオレンジ、黄色へと変わった。六十三年前の八月六日朝を描いた絵日記のひとこまだ▲当時、広島市西区の己斐国民学校(現己斐小)六年生だった名柄堯さん(74)が出版した「あの日を、ぼくは忘れない」(勉誠出版)。疎開準備のため登校していて被爆し、全身に大やけどを負った。家にたどり着く間に見た光景や被災後の暮らしを、十七枚の水彩画によみがえらせている▲土砂降りの黒い雨をつき、焼けただれた姿で逃れてくる人々。そして息絶えて…。「まっすぐに見ることもできず、怖くて手を差し伸べることもできなかった」。あの日の情景は、今でも夢に出てくるという▲記憶といえば、自分がじかに遭遇した出来事は、時間がたっても鮮明に覚えていることが多い。だが授業で学んだ知識は忘れてしまいがちだ。子どもたちに被爆体験を伝える難しさがいわれるのも、こんな事情があるからだろうか▲最近の認知科学によれば、記憶に最も重要なのは、感覚の中でも視覚らしい。実体験からにじみ出た絵日記は、語り尽くせぬ部分をも浮かび上がらせる。


MenuTopBackNextLast