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久間発言を問う<中> 広島修道大教授 菱木一美氏(70) 哲学欠け「本音」拡大 '07/7/3

 理想を捨てたむき出しの現実志向―。元共同通信記者で国際政治に詳しい菱木一美広島修道大法学部教授(70)は、原爆投下を「しょうがない」とした久間章生防衛相の発言と、核兵器廃絶を掲げる日本政府の公式見解とのずれを問題視する。歴史観に裏打ちされていない「本音」を軽々と話す政治家の質を懸念する。

 ―発言をどう受け止めましたか。

 日本政府は国際社会で、被爆国としての立場から核兵器廃絶を主張してきた。こうした訴えに冷や水を浴びせる発言だった。安倍晋三首相が人事的に処理しなければ、日本政府の姿勢に疑問符が付く。

 ―発言の背景は。

 ナショナリスティックな本音を少しずつ出しながら反応をうかがい、国民の反発が予想以上に大きければ、本音を修正する。そんな傾向は「核武装論議」をめぐる政府・与党幹部の発言にもあった。ナショナリスティックな感性はあるが、しっかりした歴史観や国際理解を伴ったフィロソフィー(哲学)がない。だから、言葉が軽くなる。

 ―政治の場で「本音」が拡大するとどうなるのでしょうか。

 理想を否定し、むきだしの現実を追認するだけの本音には、代替となる理想がない。例えば、安倍首相は一日にあった小沢一郎民主党代表との党首討論会で、米国の核の傘を必要とする根拠に「北朝鮮の脅威」を挙げた。外敵をつくってナショナリズムをあおる一方で、北朝鮮の核政策を変更させるビジョンがない。彼らの言う「現実主義」は、現実を踏まえながら理想に近づくプラグマティズム(実際主義)ではない。

 ―防衛相は日本の安全保障政策の責任者です。

 日本の核政策は、被爆体験から核兵器廃絶を求めながら、米国の核の傘で庇護(ひご)を受けるという矛盾を内包している。矛盾の中で究極の方針として核兵器廃絶を掲げるが、実際は核兵器の存在を「しょうがない」と認め、非核三原則を軽視する傾向がある。身もふたもない本音を防衛相が口にした重大性に、もっと敏感になるべきだ。

 ―ワシントンやソウルでの特派員生活で他国の原爆観に接した経験からみて、今回の発言をめぐる問題点は何ですか。

 「犠牲を最小化するために原爆を使った」との見解を、米政府はリベラルな政権であっても維持してきたし、国民の多数もそう思っている。韓国には、戦時中の被害体験から「日本はやられて当然」との考え方が存在する。広島、長崎の訴えはなかなか届いていないのが現実だ。

 その現実から出発し、核兵器廃絶を目指す歩みが、戦後の平和外交の歴史ではなかったか。米国の原爆観を丸のみした発言は、矛盾の中で理想を追求した保守政治家の歴史から大きく逸脱する。政治家の知性の劣化を感じる。時代がどう流れても、私たちは、核兵器廃絶という理想から離れていく政治家の言動に、警戒心を忘れてはならない。(石川昌義)

【写真説明】「理想に近づこうとする哲学は感じられない」と久間発言を論評する菱木氏


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