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記憶の継承多様な試み 「原爆・平和」出版この1年 '07/8/4

 この一年間の「原爆・平和」に関する本の出版は、「還暦」ともされた二年前の被爆六十周年をピークとした出版ラッシュが一段落し、点数的にはやや減った。ただ、被爆体験の継承が年々、困難になる中で多様なアプローチが目立つ。被爆者と向き合ってきた写真家や記者、作家、医師らによる写真や手記などの新たな取り組みに加え、復刊や幻の本の出版も相次いだ。終止符を打つことができない「核時代」の原点を検証し、米国の政策の危うさを突く本も交じる。=敬称略

▽被爆証言

 「図録原爆の絵 ヒロシマを伝える」(岩波書店)は、NHKなどの呼び掛けに応えて被爆者が描いた原爆の絵を、所蔵する広島市の原爆資料館が公式図録として初めてまとめた。千二百四十六点の絵は、原爆の非人道性を無言のうちに伝える貴重な「証言」だ。

 広島、長崎で二重被爆し、九十歳になって国連本部や映画「二重被爆」の中で体験を語った山口彊は「生かされている命」(講談社)で被爆と戦後の人生を振り返った。米国のビキニ水爆実験で被曝(ひばく)した第五福竜丸の元乗組員大石又七は「これだけは伝えておきたい ビキニ事件の表と裏」(かもがわ出版)で、若者にメッセージを託した。

 被爆者を長年診療してきた精神科医二人が、被爆者の心と体の苦しみを代弁する。原爆症認定集団訴訟の証言台に立った郷地秀夫は「原爆症 罪なき人の灯を継いで」(同)で国の認定基準の非情さを明らかにする。中澤正夫「ヒバクシャの心の傷を追って」(岩波書店)は、被爆者の綿密な聞き取りで心の傷を詳述した。

 広島市在住の手話通訳者・仲川文江は、聴覚障害者の被爆体験を「沈黙のヒロシマ」(文理閣)にまとめた。東京のカメラマンがモノクロ写真多数を添えた。小畑弘道「被爆動員学徒の生きた時代」(たけしま出版)は広島被爆者団体連絡会議の事務局長を務めた近藤幸四郎の生涯をつづる。

 「夏のことば ヒロシマ ナガサキ れくいえむ」(文芸春秋企画出版部)の筆者は元長崎放送記者の伊藤明彦。被爆証言を収録するため、会社を辞め、定職にもつかず、録音機を担いで全国行脚した執念の半生を振り返る。

 自費出版の営みも続く。広島県立賀茂高生が一九八五年に被爆者四十四人に聞いた「ヒロシマの原爆証言―賀茂台地の声」(東広島市原爆被爆資料保存推進協議会)はCD―ROMで肉声も収めた。「動員学徒『慟哭の証言』」(広島県動員学徒等犠牲者の会)「あすのために―これが原子爆弾と戦争の真実」(広島県高等学校原爆被爆教職員の会)も体験継承を願う。

 福島和男「平和公園の下に幻の中島界隈」は原爆投下前の旧中島本町の暮らしとその後をつづった。ヒロシマ青空の会も「遺言『ノー・モア・ヒロシマ』」第四集を、品川被爆者の会も「永遠の平和に願いを込めて」を出した。

▽問い直し

 原爆投下の背景、実相の問い直しは連綿と続く。

 元共同通信記者の金子敦郎「世界を不幸にする原爆カード」(明石書店)は、米国での取材経験を集大成し、原爆投下に至った歴史を検証する。科学ジャーナリスト、ステファニア・マウリチ「1つの爆弾10の人生」(新日本出版社)は、核兵器開発に従事した九人と被爆者一人のインタビューを通じ、歴史のはざまに消えつつある事実や本音、関係者の人生を浮き彫りにする。

 軍事評論家の前田哲男「戦略爆撃の思想 ゲルニカ・重慶・広島」(凱風社)は、戦意喪失を狙い無差別爆撃が拡大していった歴史を中国や米国の資料で丹念に追った。

 幻の本の掘り起こしも進む。「ナガサキ昭和20年夏」(毎日新聞社)は原爆投下一カ月後の長崎に外国人記者として初めて入ったジョージ・ウェラーの幻のルポ。連合国軍総司令部(GHQ)の検閲で新聞掲載が不許可となり、所在不明となっていた。一九五九年の発表時、欧米でベストセラーとなりながら、日本では出版が控えられたノーベル賞作家パール・バックの原爆小説「神の火を制御せよ」(径書房)も初めて邦訳された。

 過去の問い直しは現代の状況への疑問も喚起する。

 野崎久和「ブッシュのイラク戦争とは何だったのか」(梓出版社)は、イラク戦争が米国にもたらした利益と想定外の事態を検証。ジョゼフ・ガーソン「帝国と核兵器」(新日本出版社)は、核兵器によって世界を支配してきた米戦略を分析し、その危険性を訴える。渡邉稔「アメリカの歴史教科書が描く『戦争と原爆投下』」(明成社)は、世界制覇の目的を維持するため、原爆投下が正当化され続ける米国教科書の実態を検証した。

▽取り組み

 継承と平和実現への創造的な取り組みは多様化している。「原爆詩一八一人集」(コールサック社)はまとまった原爆詩集としては三十三年ぶりの発刊となった。原爆詩継承のため、岩国市の詩人長津功三良らが結集。原爆や被爆者をテーマに一九四五―二〇〇七年に書かれた詩二百編余りを収録した。

 山下和也、井手三千男、叶真幹の「ヒロシマをさがそう 原爆を見た建物」(西田書店)は、失われたものも含め、爆心地から約五キロ以内の被爆建物百五十七件を紹介。「石の記憶 ヒロシマ・ナガサキ」(智書房)は、東京大総合研究博物館に眠っていた広島と長崎の被爆石を調査し収集した渡邊武男の戦後の仕事を、地質学者・田賀井篤平がよみがえらせた。

 大江健三郎「核時代の想像力」(新潮選書)は、一九六八年に東京都内で大江が行った連続講演の記録として七〇年に出版した同名の書の復刊。核時代を問い続ける作家の発想の原点が浮かぶ。

 ヒロシマをライフワークの一つとする写真家細江英公の写真集「死の灰」(窓社)は、ポンペイ、アウシュビッツ、ヒロシマなどをテーマに自らの仕事を集大成する。写真家森下一徹の「写真記録―被爆者」(ほるぷ出版)も二十二年ぶりに復刊した。

 「広島に文学館を!市民の会」はブックレット「大田洋子を語る 夕凪の街から」を発刊。原爆文学を代表する一人、大田洋子の実像に迫った。「つながって ひろがって」(クリエイツかもがわ)は、仏教大社会福祉学科の学生による被爆者の聞き取りや写真展開催などの活動記録だ。

 原爆について分かりやすく伝える出版物もある。被爆の実相と核兵器廃絶に向けた課題を網羅的に紹介するのは、立命館大国際平和ミュージアムが監修したDVDブック「ヒロシマ・ナガサキ」(岩波書店)。関連映像をDVDで収録した。「ヒバクシャと戦後補償」(凱風社)は被爆の実態と日本の戦争責任などを整理する。「せんそうってなんだったの? 7 原爆・沖縄」(学習研究社)は児童向けの絵本。今夏、映画化されたこうの史代の漫画「夕凪の街 桜の国」も英訳された。(守田靖、里田明美)

【写真説明】この1年間にも原爆、平和にかかわる本が多く出版された。写真は一部


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