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世界のヒバクシャ

5. 複合障害児

第4章: インド・マレーシア・韓国
第2部: トリウム汚染―マレーシアの日系企業

医師は中絶勧める

 満1歳を迎えたカスツリちゃんは、まだ1人で座ることも、はうこともできない。体中にできた湿疹(しっしん)、頭骨の欠損、呼吸困難、知恵遅れなどを抱えた先天性の複合障害児である。

 「本当は生みたくなかったの。この子のためにも」。母親のパンチャバーナム・シャニンガムさん(34)は、カスツリちゃんをあやしながら言った。ブキメラーの医師が「母親が放射線を浴びているから危険だ」と中絶を勧めた。だが、中絶するお金がなかった。

 夫の会社員チェラン・ムニアンディさん(37)との間には、すでに5歳と6歳の女の子がいた。しかし、夫の収入は月300~400マレーシアドル(1万5千~2万円)で、その中から別居している夫の両親を援助しなければならない。パンチャバーナムさんが、近くの製材所で働いて稼ぐ月200ドル(1万円)は、家族にとってかけがえのない収入だった。

 その製材所はエイシアン・レアアース(ARE)社のすぐそばにあり、しかも、一家の住まいは、工場の横を流れるセロカイ川沿い、工場から300メートル足らずの所にある。

 彼女が製材所で働いたのは、1985年からカスツリちゃんが生まれる1988年までの約4年間である。製材所の放射線量が高いことは、日本の専門家の測定で分かっていた。1987年2月、パンチャバーナムさんは医師の忠告で、1度中絶している。だが、お金がなくて2度目の中絶を断念した彼女は、障害をもって生まれたカスツリちゃんの世話に追われ、外で働けなくなった。

 一家はスズ採掘の鉱山労働者が住んでいた小さな空き家に不法入居している。2年前に水道を引くまでは、井戸水を使っていた。部屋に置かれた大きなバッテリーは、1個の電球と白黒テレビ用の電源である。そのテレビから流れるインド・タミール語の番組に2人の姉は無心に見入っていた。

 「今は元気な2人の娘のためにも、放射能汚染の心配のない所へ早く移りたいんだ。でもそれができないんだよ」と、夫のチェランさんは力なくつぶやいた。

12番目の子に異常

 謝国良(チャー・コク・レオン)君(6つ)は、白内障で目が見えず、耳も聞こえない。心臓の中隔欠損に加え、骨が弱く、自分の体を支えることもできない。彼もブキメラー村の先天性複合障害児である。

 母親のライ・クワンさん(46)には、28歳の娘を頭に、12人の子供がいる。11人までは何の異常もなく元気に育ったが、国良君だけが障害を持って生まれた。「妊娠中にAREの拡張工事に出て被曝したからだと思う。それ以外の原因は考えられない」。日雇いの建設作業を終えて帰宅したばかりの彼女は、夕食を作りながらそう話した。

 ライさんが、AREの拡張工事の現場で働いたのは、1982年の初めから1983年2月までのこと。国良君は2カ月後の4月に生まれた。「現場は鼻をつくようなにおいがして、よく頭痛に襲われたの。現場監督は日本人でした。私の妊娠を知っていながら、放射線についての注意など1度もしてくれなかった」

 彼女の夫は国良君が2歳の時に家出してしまった。昼間は中学生の娘2人が交代で世話をし、ライさんは働きに出るが、1カ月の収入は約200ドル(1万円)にすぎない。子供らの援助で何とかやっている。

 1988年9月に左目の手術を受けた国良君は、かすかに光が見えるようになり、立つことも可能になった。「心臓手術を受けさせるお金さえあればねえ」とライさんはため息をついた。

 ARE社周辺に住む貧しい一家に、障害児の存在が一層重くのしかかる。