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被爆地広島 地元紙の原爆平和記事

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  • 『書評』 平和創造学への道案内 平和創る理念や具体例 論考集刊行

    21年8月2日 社説・コラム

    「平和」とは何か。いかにして創ることができるのか。理念や具体例をまとめた論考集「平和創造学への道案内」=写真=が、法律文化社(京都市)から刊行された。明治大の山田朗教授と師井勇一客員講師が編者を務め、同大教員や同大で学んだ研究者たち17人が執筆を担当した。  平和とは、単に祈ったり受容したりするものではなく、一人一人の市民が「人権」を基盤として積極的に創り出すもの―。「平和創造学」という耳慣れない...

  • 21年8月2日 社説・コラム

    [被爆75年 世界の報道を振り返る] 米国 社説で「原爆が命救う」

    礼賛の論評 いまだ根強く  原爆開発の拠点のひとつ米国ワシントン州ハンフォード近くの高校では、きのこ雲が校章として誇らしげに使われ、この原爆シンボルが街中に...

  • 21年8月2日 社説・コラム

    [核禁条約 私の国では] 韓国 黄琇暎(ファンスヨン)さん

    関心は北朝鮮の核脅威  韓国は日本と同様に米国の「核の傘」に依存し、米軍基地も置かれている。国民の関心事は、北朝鮮による核・ミサイルの脅威。文在寅(ムン・ジ...

  • 21年8月2日 社説・コラム

    『書評』 あなたがいたところ 中澤晶子著 「無言の証人」語る戦争

     〝広島”はかなり風化してしまっている…。1965年の本紙にそんな一文を見つけた。古い記事をたどっていると、ちょうどこの時期から「被爆の体験の風化」を危ぶむ言葉...

  • 21年8月2日 社説・コラム

    天風録 『益川敏英さん』

     「のしつけて返してやらぁ」。電話の相手の偉そうな態度に、益川敏英さんは腹の中で憤った。受話器の向こうはノーベル財団。「物理学賞に決まった」という言い方にカチン...

  • 21年7月30日 社説・コラム

    『記者縦横』 絵本に遺志 受け止めて

    ■ヒロシマ平和メディアセンター 湯浅梨奈  16日の昼下がり、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が原爆慰霊碑前で黙とうする姿を、平和記念公園...

  • 21年7月29日 社説・コラム

    天風録 『サンマ裁判の苦み』

     沖縄でサンマが食卓に上るようになったのは、米国統治下の時代だという。マグロ漁の餌として日本から冷凍で輸入していた。魚の行商人がそれを解凍して売り出したのが始ま...

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  • 1945 原爆と中国新聞
  • ヒロシマの空白 被爆75年
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  • 被爆前の広島

記憶を受け継ぐ

『 記憶を受け継ぐ』 今西和男さん―家が崩れ足にケロイド
『記憶を受け継ぐ』 新山与志子さん―父見つからず残る後悔
『記憶を受け継ぐ』 角田長三多さんーうめく叔父 感じた無力
『記憶を受け継ぐ』 南口勝さん―弟の遺体 無心で焼いた
『記憶を受け継ぐ』 吉田瑠璃子さん―ヒロシマ 米で語る決意
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ジュニアライター発信

中国新聞ジュニアライターの中高生

[ジュニアライターがゆく] 戦争と「あの日」 伝える島 広島・似島を訪ねて

 広島湾に浮(う)かぶ似島(にのしま)(広島市南区)は、釣(つ)りや野外活動を楽しむ人たちが多く訪(おとず)れる島です。昔はここに、大きな軍事施設(しせつ)がありました。広島に原爆が落とされた76年前、負傷(ふしょう)した約1万人が運び込(こ)まれたといわれています。地元住民たちでつくる「似島歴史ボランティアガイドの会」が4月、似島平和資料館(しりょうかん)をつくりました。中国新聞ジュニアライター

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無言の証人

中村孝夫さんは戦死した父幸夫さんのお下がりをよく身に着けていた=1975年、中村マサコさん寄贈(撮影・高橋洋史)

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動画で平和発信

『記憶を受け継ぐ』今西和男さん(80)

 サンフレッチェ広島の総監督を務めた今西和男さん(80)は、4歳で被爆しました。被爆の後遺症を乗り越え、地域のスポーツ振興に力を注いできました。 関連記事はこちら...

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