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黒い雨に撃たれて パメラ・ロトナー・サカモト著 池田年穂・西川美樹訳

日系2世の心情と苦闘

 「空から死が落ちてきて、世界は変わった」。ヒロシマを米国の現職大統領として2016年に初めて訪れて発した「オバマ演説」は、原爆投下による日本人や朝鮮半島出身者、米兵捕虜の死を悼んで始まった。しかし、米国市民権を有する一群が見過ごされていた。日系2世である。

 広島は日米開戦前は全国一の移民送出県だった。ハワイ・米国本土で生まれて教育のため父祖の地にいた2世は、1932年調査で1万1317人(うち15歳未満7397人)を数えた。その7割が広島市や隣接の3郡に在住していた。

 本書は、両親が広島県出身の2世、ハリー・カツハル・フクハラ氏(1920~2015年)の半生を軸に戦争で引き裂かれ、被爆もした日系家族を巡るノンフィクションである。

 米本土シアトル生まれのハリーは13歳の年、父の死から母や姉、弟2人と、幼い頃に戻された兄をみた伯母が住む広島市へ。福原克治の日々にはなじめず18歳の年、姉に続いて帰国する。ロサンゼルスの白人家庭で住み込み働きして大学に通うが、夢は日本軍の41年ハワイ真珠湾攻撃で砕かれた。2世も「敵性外国人」とされて日系人約11万7千人が強制収容に遭う。

 砂漠の収容所から志願した陸軍日系語学兵ハリーはニューギニアなどを転戦。日本兵捕虜の尋問に当たり、自身もマラリアにかかりながらジャングルで投降を呼び掛ける。原爆投下はフィリピンで聞く。45年10月広島へ入り、再会した兄は被爆2年後に死去した。

 山崎豊子の長編小説「二つの祖国」は、ハリーの体験を「チャーリー田宮」に投影して描き、NHKの84年大河ドラマの原作となった。日系2世といえば日本も「祖国」と捉えがちだが、そうなのか。もっと複雑な心情や苦闘を、ハリーや日本で生き抜き市民権を回復した弟の証言とともに本書は浮かび上がらせる。

 著者は、フクハラ氏が晩年を過ごしたハワイに住む歴史家。計6千人に上った日系語学兵の全容については、本書にも協力した陸軍史家の著作が、邦訳名「もう一つの太平洋戦」で一昨年に刊行されている。(西本雅実・特別編集委員)

慶応義塾大学出版会 上下各2750円

(2020年9月6日朝刊掲載)

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